ポケモンGOとシニアマーケティングの成功のポイント

厚生労働省が発表した簡易生命表によると、2021年の日本人の平均寿命は、男性81.47歳、女性87.57歳でした*1

新型コロナウイルス流行の影響により、平均寿命は2020年に比べて男性で0.09歳、女性で0.14歳短くなり、前年を下回ることになります。

とはいえ、日本の平均寿命は依然として世界最高水準にあります*2

高齢社会が進む日本では、シニアマーケティングに関する知見を深めていく必要がありそうです。

何歳から「シニア」と呼ぶのか?

シニアの年齢とはいったい何歳なのでしょうか。

定義に明確な基準はなく、個人の認識もさまざまです。

50歳以上の人をシニアと呼ぶこともありますが、ご本人にしてみれば「私はまだシニアではない」と感じている人も多いのではないでしょうか。

2021年4月1日に施行された改正「高年齢者雇用安定法」では、65歳から70歳までの労働者の就業機会を確保するために、「定年を70歳に引き上げる」「70歳までの継続雇用制度を設ける」といった努力義務が新たに設けられました*3

今後、社会全体の定年年齢の引き上げが予想されます。

まだ働き盛りで、定年まで20年もある50歳をシニアと呼ぶのは、いささか違和感があるかもしれません。

世界保健機関(WHO)や厚生労働省が65歳以上を高齢者と定義しているため、本記事では65歳以上をシニアとして話を進めることにします*4

2065年、日本国民の3人に1人がシニアになる

2018年時点で総人口1億2644万人の28.1%が65歳以上であり、国民の4人に1人以上がシニアということになります*5

そして2065年には、65歳以上の人口比率が総人口8,008万人の38.4%に達すると予測されています。つまり、今から約40年後には、国民の3人に1人がシニアになるのです。

<出典:広報誌「厚生労働」2021年4月号 特集2>

日本全体の人口が減少し、これまで活況だった市場が縮小していくことは確実です。

シニア市場は、シニアの数や割合とともに増え続けており、多くの業界から注目されている数少ない成長市場と言えるでしょう。

みずほコーポレート銀行産業調査部の調査によると、65歳以上のシニア向け市場(医療・医薬・介護・生活産業)は、2025年には2007年比161%の101兆3千億円に成長すると予測されています*6

多くの企業がビジネスチャンスを期待して参入する市場において、これまでのアプローチで成功を収めるのは容易ではありません。

シニアマーケティングを成功させるポイントについて、具体的な事例を紹介します。

ポケモンGO人気を支えたシニアマーケティング

一例を挙げてみますと、2016年7月に登場し、世界的な人気を博したスマホゲーム「ポケモンGO」があります。

ユーザー数は減少しているものの、現在でもシニアを中心に一定数の人気を維持しています*7

ポケモンGOは、プレイヤーが場所を移動しながら、出現するポケモンのキャラクターを集めたり、バトルさせたりできるゲームです。

なぜ、幅広い世代に受け入れられたのでしょうか。

花王生活者研究センターの調査によれば、ポケモンGOを遊び続ける動機として共通していたのは「楽しさ」でした*8

  • 課金しなくても気軽に遊べるようなゲーム設計になっている

  • 人気のポケモンを捕まえる喜びや感動を期待しながら、自分のペースでゲームをクリアするという単純明快な目標がある

などが、気軽に楽しめる理由だといいます。

また、ポケモンGOを始めてからの変化としては、「歩く時間や機会が増えた」という回答が全体の6割を超えました*9

ほかにも「歩くことに目的ができた」、「家族とのコミュニケーションが増えた」、「リフレッシュや気分転換ができた」、「日々の生活に楽しみができた」などの回答がありました。

ポケモンGOは、あらゆる世代の人々のウォーキングに対する見方をポジティブに変えました。

「楽しい」行為から、知らずしらずのうちに習慣化させ、歩くことや外に出ることの重要性を認識するまでに変化させてしまったのです。

「楽しい」と感じた時の行動変容(人の行動の変化)に世代差はないようです。

シニアビジネスを創造する発想の転換

ポケモンGOの成功は、そもそも、「若者に人気のある商品をシニアが買わないわけがない」という思いつきから生まれたのかもしれません。

ポケモンGOのシニアマーケティングに取り組んだのは株式会社ハルメクです。

「ポケモンGO」がスマホの位置情報を使い、外を歩いて遊ぶゲームであることに着目し、ある仮説をたてたといいます*10

アンケートやグループインタビューなどリサーチの結果、「シニアのための健康ツール」という商品の訴求要素を発見しました。

そこで、健康志向の高いシニアに対して、「遊びながら運動不足が解消できる」というメリットを訴求するマーケティング施策を実施したのです。

同社が発行する雑誌やWebサイトの記事・イベントを通じて好奇心旺盛なユーザーに魅力を伝え、アプリの利用を促しました。

成功のポイントは、「仮説を立てること」と「仮説をリサーチすること」です。

例えばユーザーの生の声をリサーチした結果、シニアはポケモンGOのサービスを利用するために必要な「Googleアカウントの取得方法」がそもそもわからないことが、導入の障壁になっていることが判明しました。

スマホの基本的な使い方から解説した「スマホ初心者でもわかる!『ポケモン GO』入門ガイド」の制作につながり、シニアの新規利用拡大に役立てられました。

この事例から、若い人に人気のある商品でも、商品・サービスによってはシニアに訴求するようなコンセプトに変えることが可能であることがわかります。

シニアに対する既成概念を捨てる

シニアがポケモンGOにハマっていることを知る前、筆者は恥ずかしながら、「スマホはもちろん、インターネットも若い人が使うもので、年配の人は使いこなせない」という先入観を持っていました。

しかし、それが単なる思い込みであることは、データを見れば明らかです。

総務省情報通信政策研究所の調査によると、60代のインターネット利用者の割合・利用時間ともに年々増加傾向にあることが分かっています*11

[平日]「テレビ(リアルタイム)視聴」及び「インターネット利用」の平均利用時間・行為者率(年代別)

<出典:総務省情報通信政策研究所「令和3年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」 p13>

また、60代の7割以上がインターネットを利用しており、他のメディアと比較しても、テレビに次いで利用率が高いメディアとなっています*12

平日の主なメディアの行為者率・行為者平均時間(全年代・年代別)

<出典:総務省情報通信政策研究所「令和3年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」 p10>

さらに、「趣味や娯楽に関する情報を得る」ためのメディアについて聞いたところ、60代でも「インターネット」がトップとなり、インターネットは日々の情報収集に欠かせないメディアであることがわかりました*13

「趣味・娯楽に関する情報を得る」(最も利用するメディア) (全年代・年代別・インターネット利用/非利用別)

<出典)総務省情報通信政策研究所「令和3年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」 p82>

健康への関心が高いのは事実ですが、「健康だけを考えて毎日を過ごしている」というイメージとはほど遠いのが、今のシニアです。

例えば、ハルメクが実施した意識調査によると、シニア女性の40%が「敬老の日にお祝いされたくない」と回答しました*14

お祝いされたくない理由のトップは「お祝いされる年齢ではないと思う」からで、「私はまだまだ元気で若い」という意識がうかがえます。

今までの「シニア」という固定観念だけで考えていては、シニアマーケティングは思い通りにならないかもしれません。

シニアマーケティングで大切なことは、シニアの大きな変化に対応することではないでしょうか。

この記事を書いた人

Midori

総合広告代理店のアカウントエグゼクティブを経て、国際結婚を機にイタリアに移住。取材・撮影コーディネーターのほか、フリーランスライターとしてマーケティングに関する記事を執筆しています。

*1:参考:令和3年簡易生命表の概況 厚生労働省 p2

*2:参考:令和3年簡易生命表の概況 厚生労働省 p5

*3:参考:高年齢者雇用安定法 改正の概要 - 厚生労働省 p1

*4:参考:高齢者 | e-ヘルスネット(厚生労働省)

*5:参考:広報誌「厚生労働」2021年4月号 特集2

*6:参考:高齢者向け市場 来るべき2025年に向けての取り組みが求められる p52

*7:参考:ポケモンGOが5周年を過ぎてもまだまだ人気!「中年層」の支持が続くワケ | ニュース3面鏡 | ダイヤモンド・オンライン

*8:参考:ポケモン GOがもたらした、行動・意識の変化 ~「歩く」を習慣化させるものは何か~

*9:参考:ポケモン GOがもたらした、行動・意識の変化 ~「歩く」を習慣化させるものは何か~

*10:参考:【シニアマーケティング成功事例】「ポケモン GO」をシニア女性に販促!アプリで運動促進した事例 | ハルメクholdings - シニア広告・マーケティング情報サイト

*11:参考:総務省情報通信政策研究所「令和3年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」p13

*12:参考:総務省情報通信政策研究所「令和3年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査 」p10

*13:参考:総務省情報通信政策研究所「令和3年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」p82

*14:出典:「ハルメク 生きかた上手研究所調べ