多くの企業が人材マネジメントを課題とするなか、近年「ピープルアナリティクス」という人材管理の手法が注目されています。
文字通り「人材の分析」ということで、ピープルアナリティクスは人材の傾向・志向やスキルなどをデータで「見える化」し、組織づくりに活用するというものです。
そこで今回は、ピープルアナリティクスとはどのようなものなのか、また、導入事例について見ていくことにしましょう。
日本企業の課題とピープルアナリティクス
世界的なコンサルティング企業であるPwCは、2018年に公表したピープルアナリティクスに関するレポートの中で、人事を取り巻く環境に2つの変化が起きていると指摘しています。次のようなものです。
変化の一つ目は、「従業員の多様化」と「勘と経験に基づく意思決定の限界」である。これまでの日本企業では、相手が自分と同じ価値観を持っているという前提の下で「間と経験」に基づくマネジメントが行われるケースが比較的多かったと考えられる。しかしながら、女性や高齢者の活用、ビジネスのグローバル化、さらにはミレニアル世代の台頭などにより人材の多様化が進む現在においては、各人が持つ価値観もさまざまであるため、「勘と経験」による意思決定が難しくなってきており、事実やデータに基づいたマネジメントが求められているのである。
ひと昔、いえ、ふた昔前であれば、「企業戦士」という言葉で社員を大きく括ることができていたかもしれません。
しかし、現代の若手層の場合、「働く」ことに求めるものはさまざまです。やりがいよりも収入や人間関係を重視する、ひとつの企業に長く勤める気はない、成功よりも「失敗しないこと」への意識が強い、など、企業戦士時代には考えられなかった価値観かもしれません。
また、海外でのビジネスでは、合理性や日本文化とは異なるメンタリティを求められる場面も多いことでしょう。
そして、もう一つの変化はこのようなものです。
二つ目は、意思決定に対する説明責任の高まりである。
(中略)
人事も例外ではなく、これまでのように「人や組織の問題は数字では測れないもの」と定量的な議論を回避することは難しくなっているといえる。
じつはここのところ、株主総会での質問内容に変化が起きています(図1)。
かつては優先順位のそう高くなかった「リストラ・人事・労務」についての質問が、ここ数年は優先順位を上げているのです。
人事に対する「説明責任」とは、企業内部だけでなく外部に対しても生まれているということです。
同時に、職のミスマッチや早期離職の防止などにも役立てられているのがピープルアナリティクスです。
ピープルアナリティクスによって「見える化」されるもの
人材をデータ化し「見える化」する、と聞くとみなさんはどのようなものを思い浮かべるでしょうか。数字での実績には現れてこないその人の優秀さ、性格などを数値化するといったものがあるでしょう。
しかし実は、ピープルアナリティクスで「見える化」できる項目は数多くあります(図2)。
健康管理、組織文化、採用の最適化と、分析対象は多岐に渡っていることがわかります。AIの分析能力やディープラーニングの発達により、その精度は増していくと考えられます。
ピープルアナリティクスの導入事例
では、実際にピープルアナリティクスはどのような場面で活用されているのでしょうか。以下でご紹介していきます。
離職率を1%下げると2.6億円のコスト削減に
ひとつは、大手メーカーで活用されている「退職予備軍の分析・未然防止」の手法です(図3)。
過去の退職者データに基づいて退職者の特性を特定し、その傾向に当てはまる人材を早期発見、上長とのコミュニケーションに速やかに繋ぐというものです。
デロイトトーマツの試算によると、3000人規模で平均年収616万円を支給する企業の場合、条件により、離職率1%の減少が2.6億円のコスト低減に繋がるとしています*1。
よって退職予備軍の早期発見はとても大きな課題といえます。退職の予兆を解消に導くためにピープルアナリティクスが活用されているというわけです。
コミュニケーションから業績向上の秘訣を「見える化」
ピープルアナリティクスをユニークな方法で導入しているのが、医療分野で人材紹介と派遣事業を行っているレバレジーズメディカルケア社(LMC)です*2。
同社ではまず、社内のコミュニケーションをSlackに統一し、やりとりをオープンにしています。そこで、誰が誰とどのようなやりとりを何回しているか、といったデータを分析し、同時に業績評価の指標をポイント化しました。
その結果、
「リーダーからの情報共有はできるだけオープンにした方がいい」
「チーム内外と定常的にやり取りするメンバーが多い方がいい」
「チームのみんなが発信できる環境が大切」
「受信数の多さが、業績向上につながる」
といった結論を導き出しています。
「戦略人事」が求められる時代で
近年、「戦略人事」という在り方が求められています。これは、従来の調整的な人事とは違い、経営戦略に紐づいた人材配置を行うというものです。
実際、外資系企業に比べ日系企業は独特の人材マネジメントを実施しています(図4)。
内部公平性を重視するあまり、経営戦略や外部競争力と人事が紐づいていないという現状があるのです。しかしそれでは、現代のビジネスシーンを戦い抜ける組織にはなりません。まさに「勘と経験による人事の限界」なのです。
また、「健康経営」が意識される時代でもあります。
スキルと職の適性、社員の健康状態、実に多くのことを「見える化」することは、「攻めの人事」を推し進めるためにとても重要と言えるでしょう。
もちろん、明確な経営戦略があることは大前提です。