- 企業のデータ・AI活用状況
- AI導入で商談成功率を2.7倍に
- AI導入が成功しなかった事例の裏側には何があるのか
- AIは全能であると思い込むことの危険性
- 意思決定プロセスが変わらなければ意味を持たない
データは企業の宝であり、ビジネスシーンのさまざまな領域で利活用されるようになっています。
またAI技術の導入によって、商談の成功率を3倍近くに引き上げたという事例もあります。
一方で、マーケティングの現場にAIを実装するにあたっては、注意すべき点もあります。
今回は、その具体的な事例をあわせて見ていきましょう。
企業のデータ・AI活用状況
令和2年の情報通信白書によると、企業では下記のような領域でさまざまなデータが活用されています(図1)。
一方で「データ分析」「機械学習・ディープラーニングなど人工知能(AI)」の活用状況は、大企業と中小企業で大きな差が出ています(図2)。
中小企業にとっては、資金・人材面でAIの導入はまだ難しいといった状況でしょう。あるいは「何に使っていいのかわからない」といった意見もあるかもしれません。
しかし、AIの活用で大きな成果を上げた事例もあります。
AI導入で商談成功率を2.7倍に
大和証券は、2015年にAI技術を活用した顧客分析・営業支援システムを構築しています*1。
具体的には、それまで蓄積してきた顧客情報とマーケット情報のデータベースをAI技術で分析し、CMR(顧客関係管理)に活用しています。
日経コンピュータの2017年の取材によれば、営業店の担当者がCRMシステムを開いた際、「本日中にこの商品のご案内をした方がいいですよ」というメッセージが表示されます。
顧客の氏名とともに、顧客が関心を示しそうな投資信託の銘柄も表示されます。
その結果、AIの分析結果を元にしたアドバイスに従った場合とそうでない場合は商品の約定率が2.7倍になるとだといいます*2。
大和証券はこのシステムを新商品の提案だけでなく「離脱」しそうな顧客を発見するのにも役立てています。
解約に関する情報をWebサイトで閲覧している回数が多い顧客などを見つけた場合などに担当者が素早く連絡し、取引の継続を勧めることができるのです。
離脱の兆候をいち早く見つける手段にもなっている、といえます。
チャーンレート(解約率)が課題になっている企業の場合には、有効なデータ活用方法でもあります。
AI導入が成功しなかった事例の裏側には何があるのか
一方で、顧客の解約率を減らそうとしてAIを導入しリテンション(顧客維持)キャンペーンを展開したものの、逆に解約率を増やしてしまったという事例もあります。
海外のコラムで紹介されている事例ですが、ある大手通信会社では顧客の解約率を減らすために、どの顧客が最も解約しそうかについてAIに予測させる手法を取りました*3。
解約リスクの高い顧客を中心にプロモーションを仕掛け、解約を思いとどまらせようという考えです。
主旨としては大和証券に似ているかもしれません。
しかし、このキャンペーンにもかかわらず、多くの顧客が解約してしまったのです。
AIを活用したキャンペーンはなぜ失敗した?
このキャンペーンはなぜ失敗したのでしょうか。
ハーバード・ビジネス・スクールのEva Ascarza氏らは、「AIは正しく予測したがマネジャーの質問が間違っていた」ことなどを指摘しています*4。
そして、AI活用に際してマーケターが犯しやすい誤りと予防策を示しています。
まず、「質問が間違っていた」ことについてはこのように述べています。
この通信会社のマネジメントたちにとって真に重要なことは、解約する可能性のある顧客を特定することではなかった。マーケティング部門の予算を解約削減にどのように活用すればよいかを明らかにすることこそ、本当の関心事であったはずだ。最も解約の可能性が高い顧客は誰かとAIに質問するのではなく、解約を思い留まらせることが最もできそうな顧客は誰か、言い換えると、解約を考えている顧客のうち、プロモーションに反応する可能性が最も高いのは誰かと質問すべきだった。
「最も解約の可能性が高い顧客は誰か」
「解約を思い留まらせることが最もできそうな顧客は誰か」
この2つの質問は一見、似た質問に感じるかもしれませんが、根本は大きく違います。
この通信会社の目的は、前者の質問では達成できなかったということです。
もちろん、ビジネス全体でどちらの質問も不要ということではありません。ただ、この事例では、マーケターたちは、すでにマネジャーらが考えていた主旨を正しく認識していなかったのです。そのままの状態でのAI活用になったために、このような事態が起きたというわけです。
AIは全能であると思い込むことの危険性
このコラムで次に指摘されているのは、
「正しい場合の価値と間違った場合のコストの差異を認識できていないことによる失敗がある」
という点です。
AIの予測は可能な限り正確でなければならないのだろうか。実は、必ずしもそうではない。不正確な予測が非常に高くつくケースもあれば、大した被害をもたらさないケースもある。同様に、非常に正確な予測が多くの価値を創出するケースもあれば、そうではないケースもある。
マーケターやデータサイエンティストはこの点を見逃してはなりません。
AIは大量のデータを処理することには長けていますが、一方で誤検出や検出漏れを起こすこともあります。人間が作るシステムに完璧はないのです。
ただ、その際にエラーを感じ取ることができるかどうかは人間の能力次第です。でなければ、マーケティングの場所に人間は不要、ということになってしまいます。AIがあるから人間は勘や経験を持たなくても良い、というためにAIは存在しているのではありません。
「なぜこのようなエラーが起きたのだろう」と疑うことではじめて、AIの活用はとても有益になるのです。その質問を繰り返してシステムの精度を向上させていく。AIと人間の協業とはまさにここに意義があるのです。
この心構えがあって初めて、AI活用は有用なものになるでしょう。
意思決定プロセスが変わらなければ意味を持たない
そしてAscarza氏は、AIがもたらす粒度の高い予測と意思決定プロセスが噛み合わないこともAI導入を失敗させる一因であることを指摘しています。
あるホテルチェーンでは、以下のようなギャップが生じていたといいます*5。
この企業のマネジャーたちは、さまざまなタイプの客室に応じて1時間単位で需要予測を更新できるAIがあるにもかかわらず、実際の価格調整は週に1回の会議でロケーションごとに行われていたのです。
意思決定プロセスが旧態依然としたまま、AIを放置している状況です。AIがもたらす粒度の細かい情報が無駄になり、ビジネスチャンスを逸している可能性があると感じるのは筆者だけでしょうか。しかし、起きうることなのです。
AIはそれ自体がアイデアを生み出す装置ではありませんし、ひとくちにマーケティングといってもそこにはさまざまな施策があります。
AI導入の目的や、AIに対する質問に粒度の細かさを持たせることで有用なものになります。どう使いこなすか、利益をもたらすものにするのか、単なるコストにしてしまうのか、それは人間次第だという点をまず押さえておきたいものです。
*1:「離脱しそうな顧客をAIが見つける、大和証券が商談成功率を2.7倍に」日経クロステック
*2:「離脱しそうな顧客をAIが見つける、大和証券が商談成功率を2.7倍に」日経クロステック
*3:ハーバード・ビジネス・レビュー 2021年9月号 p36
*4:ハーバード・ビジネス・レビュー 2021年9月号 p36
*5:ハーバード・ビジネス・レビュー 2021年9月号 p38