地方の着物屋さんでも実現できた 平均年齢61歳、老舗のDX戦略

<出典:着物のことなら鈴花・ちづる・白水へ | 日本の美と伝統を継承する企業>

業務の効率化、顧客情報の共有化、従業員の高齢化などは、小売業に限らず多くの業界に共通する課題です。

IT活用が苦手とされる世代の社員を束ね、伝統と革新の融合でDX(デジタルトランスフォーメーション)に挑戦した老舗着物店の事例は、具体的に何から手をつければいいのか、という問いに有益なヒントを与えてくれるでしょう。

着物市場規模はピーク時の7分の1にまで縮小

DXの事例に入る前に、まず着物市場の現状を把握しましょう。2021年の着物小売市場規模は、前年比12%減の2,446億円にまで縮小しています。

同業界は、お宮参り、七五三、入学式、卒業式、成人式、結婚式など特別な日やお祝い事、式典、パーティーなどに依存しており、これらの行事が新型コロナウィルスの影響で減少したことが市場縮小の要因となりました*1

着物小売市場規模推移
<出典:着物市場規模に関する調査2022.pdf p1|ステータスマーケティング/きものと宝飾社>

また、ある専門家の分析によれば、かつて1兆8000億円というピークがあった着物市場は、現在の規模はその7分の1にまで減少しています*2

着物市場の縮小には「着物離れ」という要因が影響しており、着物を着る機会の減少や着付けの難しさ、価格の高さなどが挙げられます。

日本の重要な伝統である着物産業は、さまざまな課題に直面していますが、これらの課題に対する解決策はあるのでしょうか。

無料ツールから始めた老舗着物店のDX

着物市場の縮小に直面し、新しいビジネスモデルの構築が急務と認識された中で、1900年に佐賀県神埼町で創業した小さな呉服屋「鈴花」が注目されています。

現在、同社は九州から近畿地方までに約60店舗を展開し、着物を含む宝石や装飾品の小売販売事業を展開しています*3

DXを推進する過程で、鈴花はまず社内の「アナログなプロセス」の改善に着手し、社内コミュニケーション方法の革新からスタートしました。

伝統と革新というテーマのもとにDXに挑戦
<出典:創業123年 平均年齢61歳の老舗着物店「鈴花」が日本DX大賞2023 UX部門大賞と船井総研デジタル賞をW受賞|株式会社鈴花のプレスリリース>

具体的な取り組みとして、業務日報の提出方法をFAXからチャットツール「Chatwork」を活用した報告に切り替え、さらに社内のスケジュール共有を容易にするためにグループウェア「サイボウズ」を導入しました。

この際、最初は「Chatwork」と「サイボウズ」の無料版を利用し、自社に合ったと判断された場合にのみ有料版に移行しました。

これらの事前の改善措置を進行させながら、鈴花は自社を「モノを売る会社」から「デジタルを活用した体験を提供する会社」へと転換するプロジェクトを主導しました。

このプロジェクトは以下の3つの柱*4に焦点を当てて推進されました。

・社員がタブレットで使える顧客カルテの作成
・LINEを活用したデジタルマーケティング
・アプリの開発(デジタルクローゼット×和服保管サービス)

これらの詳細について詳しく見ていきましょう。

1.社員がタブレットで使える顧客カルテの作成

以前の状況では、鈴花の店舗では重要な顧客情報へのアクセスがパソコンに習熟した者に限られるなど限定的でした。社員は顧客の貴重な情報を個人の手帳や記憶に頼るしかなく、他の担当者はこの情報にアクセスできませんでした。

この課題を解決するため、鈴花は顧客情報をデータベースに一元化し、タブレットを使用して「顧客カルテ」として容易にアクセスできるアプリを自社で開発しました。

社員は自分で得た顧客情報をデータベースに追加入力し、情報の充実が進みました。これにより、商談中に顧客情報をタブレットで手軽に確認できるようになり、商談がスムーズに進行できるようになります。

さらに、以前は個人のスマホに保存されていた顧客の写真が、店舗内で共有可能になり、担当者が変わっても、顧客の情報を活用して質の高い接客を継続できるようになりました。

2.LINEを活用したデジタルマーケティング

顧客データベースの導入にともない、鈴花はデジタルマーケティングの一環としてLINEを活用し始めました。顧客も社員も普段からLINEに慣れ親しんでいることから、コミュニケーション手段として採用されたのです。

鈴花では、公式LINEアカウントを通じて、顧客の興味に合った商品やイベント情報(「着物を着る会」「きものDEパーティー」「きもの撮影会」など)を提供しています。

顧客に最適な情報を提供するために、顧客データベースとLINEを連携させる必要があり、そのために「Liny」というツールを導入しました。LINE公式アカウントの配信、運用、管理を支援するクラウドマーケティングツールです。

これまで社員が個人のLINEで行っていた対話の一部を、会社の公式LINEで実施することで、コミュニケーション履歴を共有できるようになり、業務の進捗状況が把握しやすくなりました。

3.アプリの開発(デジタルクローゼット×和服保管サービス)

鈴花は、顧客体験をさらに向上させるために、デジタルクローゼット機能を備えた顧客向けアプリ「和服らいふ」を開発しました。

このアプリを使用すると、クローゼット内の着物、帯、小物などをスマホで簡単に管理でき、いつでもどこでも自分の所有物を確認できます。

また、着物を所有する人にとって着物の保管も悩みの種ですが、「きもの保管サービス」という新しいサービスもこのアプリから申し込めます。このサービスでは、シーズンが終わった着物を洗濯して保管してくれます。

鈴花のお客様向けアプリ「和服らいふ」
<出典:和服らいふ - Google Play のアプリ>

ただし、アプリの開発には複雑な機能要件があり、自社開発が難しかったため、外部企業に開発を依頼することにしました。しかし、開発経験がないため、適切なベンダーを選定することが難しく、そのために佐賀県産業スマート化センターに相談しました。

同センターでは、ベンダーを探す企業と技術提供できる企業との「マッチング」をサポートしており、開発期間中もIT業界に関する知識やアドバイスを提供してくれたそうです。

鈴花の担当者が語るDXの初めの一歩とは?

鈴花は、「日本DX大賞2023」のUX部門で、大賞と船井総研デジタル賞(スポンサー賞)のW受賞を果たしました*5

今回の受賞は、社員や顧客の平均年齢が60代でありながら、アプリやLINEを活用した新たな顧客体験を提供、さらには、「和服保管サービス」の新規事業の開発など、鈴花の社内DXの取り組みが高く評価された結果です。

DXというと難しく聞こえるかもしれませんが、鈴花の担当者曰く、「今までアナログで行ってきたことをデジタル化できないかと考えること」がDXの第一歩と言えるでしょう。

小さなステップから始めてみることが大切です。

特に中小企業では、限られた人員で効率的に仕事を進めるためにデジタルの力は不可欠です。これまで人が行っていた作業をデジタル化することで、時間を節約し、新しいサービスを開発する余地を残せます。

鈴花の事例は、参考になるヒントを与えてくれます。小さな成功から始め、着実に成長させることがDXのカギかもしれません。

鈴花の挑戦を参考にして、DXに取り組んでみてはいかがでしょうか。

この記事を書いた人

Midori

総合広告代理店のアカウントエグゼクティブを経て、国際結婚を機にイタリアに移住。取材・撮影コーディネーターのほか、フリーランスライターとして主にマーケティングやビジネスに関する記事を執筆しています。