コラム

医療と介護のDXおよび2024年度診療・介護報酬改定にみる業界の今後

医療と介護においてもDXは、業界の今後を考える上で見逃せない取り組みとなっています。また、2024年度は、診療報酬、介護報酬のダブル改定が行われる、医療介護業界にとって大きな改革の年となります。超高齢社会へと突き進む日本において、医療および介護の質、並びに制度を維持させることは、社会全体の維持のために欠かせません。すでに日本のあらゆる地域で起きつつある医療介護崩壊ですが、これ以上の医療介護崩壊を招かないためにも、改定は重要な役割を担っています。

本記事では、医療介護DXの取り組み、ダブル改定の主要なポイントとに焦点を当て、医療と介護業界の将来にどのような影響を与えるのかを詳しく掘り下げます。

データヘルス改革とマイナンバーカード保険証

医療におけるDXの取り組みとして進んでいるのがマイナンバーカード保険証(以下、マイナ保険証)です。政府によるデータヘルス改革の一環として、マイナンバーカードを保険証として使用する「オンライン資格確認導入システム」の導入が2023年4月から義務化され、2024年12月からは従来の健康保険証の発行が終了します。このシステムは、医療の効率化と透明性を高めることを目的としており、患者のデータ管理がより簡便になります。

政府が進める医療DXである「全国医療情報プラットフォーム」構想、マイナ保険証を活用し、マイナポータルを通じて自身の医療介護に関する情報を確認できるシステムは国民にとってもメリットが享受できるものです。また、手続きなしで高額療養費の限度額を超える支払いが免除されるといったメリットもあります。

ところが、個人情報保護の観点からも国民からの不信は根強いことが考えられ、マイナ保険証の登録率は59%程度、利用率(国共済組合における利用状況)は2024年3月時点で5.47%にとどまっています。

しかしながら、日本のデータヘルス改革には、「全国医療情報プラットフォーム」の構築が欠かせず、マイナ保険証はそのための大きな一歩といえます。一例として、AI創薬が主流となる中、創薬においても世界に遅れをとる日本ですが、世界では患者の医療情報に製薬企業がアクセスできるプラットフォームが整っています。日本には国民皆保険制度を通じた、ビッグデータとして活用しうる、世界でもトップクラスの良質な患者の医療情報があるにも関わらず、製薬企業はアクセスすることができず、創薬に活用できないのが現状です。

個人情報保護に則りながら、患者の医療情報を活用することができれば、創薬にとどまらないヘルスケア業界で、日本が世界の中で活躍できる商品・サービスを生み出せる可能性は決して小さくありません。

科学的介護情報システム(LIFE)と介護DXの推進

国は介護においてもDXを推進しています。その一環として、2021年の介護報酬改定から科学的介護情報システム(Long-term care Information system For Evidence、以下LIFEと表記)がスタートしました。科学的介護とは、科学的根拠に基づいた介護のことを指します。2021年の改定では、LIFEへのデータ提出や活用が加算の算定要件として設けられました。LIFEの推進とそれに関連する加算の新設は、介護サービスの科学的根拠を強化し、その質を向上させることを目指しています。LIFEに提供されたデータをもとに、事務所単位と個人単位のデータがフィードバックされ、それを元に個別化された自立支援・科学的介護のPDCAを回すことが期待されています。が、フィードバックのスケジュールは大きく遅れています。また、現場においてはデータ入力による負担増なども指摘されており、2024年度介護報酬改定では加算の様式が見直されるなど現場負担を軽減する措置がなされました。さらに、通所サービスや施設サービスにとどまっており、居宅介護や訪問介護などへの導入はこれからとなります。LIFEの本格的な活用は今後の課題であるというのが現状です。しかしながら、介護人材不足が深刻となる中、国が推進する科学的介護によるケアの画一化・効率化の流れは避けられないものとなっています。

2024年診療報酬改定の新たな動向

高齢化に伴い、年々社会保障費は増加しています。2025年度の医療介護費は70兆円超、2040年には100兆円超になると予測されています。社会保障費の抑制が必要不可欠な状況です。

2024年度の診療報酬改定では、診療報酬本体は0.88%引き上げる一方、薬価を1.0%引き下げ、全体としては−0.12%の改定とすることで、社会保障費の増大を抑制する動きとなりました。

しかしながら、本体の+0.88%は、2020年度の+0.55%、2022年度の+0.43%と比較しても、大幅のプラス改定と見ることもできます。一方で、内科系学会社会保険連合(内保連)、外科系学会社会保険委員会連合(外保連)、本連合の三つの社会保険連合が連携し協働する三保連からは、昨今の水道光熱費や材料費などの物価高を鑑みると、十分な引き上げではないとの指摘もされています。

また、生活習慣病を中心とした管理料や処方箋料を効率化・適正化することで0.25%の削減が図られています。

さらに、今後ますます深刻な状況が懸念される高齢者の救急対応として、「地域包括医療病棟入院料」が新たに設けられました。団塊世代が90歳以上を迎える2040年には、高齢化率が35%を超えます。超高齢社会に対応するには、地域に根差した医療体制の構築は待ったなしの状況と言えます。救急の高齢者の受け入れから、リハビリテーション、栄養管理、入退院支援、在宅復帰までを包括的に提供することが、病棟機能を持つ病院には求められています。

今回の改定の特徴は、本体部分のプラスが医療従事者の処遇改善に割り当てられていることです。医療従事者の賃金改善を重視した新しい報酬項目が設置されました。40歳未満の勤務医・勤務歯科医・薬局薬剤師・事務職員などの医療従事者の賃上げに+0.28%、看護職員・病院薬剤師・前述の職種以外の医療従事者の賃上げに+0.61%が充てられています。

これにより、医療現場の働き手に対して適切な評価が反映されることが期待されています。医療従事者のバーンアウトや人材不足により危機的な状況にある医療現場も少なくありません。医療崩壊を招かないためにも、医師を始め、医療現場を支える医療従事者への適切な処遇改善が求められています。

介護報酬改定と処遇改善

介護報酬の改定率は+1.59%、このうち0.98%分は介護職員の処遇改善に充てられます。診療報酬同様、今回の介護報酬改定では、職員の処遇改善が特に重視されています。2024年6月から新設の「介護職員等処遇改善加算」は、この分野で働く人々の給与や労働環境の向上を図ることを目的としています。深刻な介護職員不足が叫ばれる中、介護職の魅力が向上し、より多くの人材が介護分野に流入することが期待されます。

また、さらなる高齢社会の進展に対応すべく、医療・介護の連携の強化にも重点が置かれました。「協力医療機関連携加算」「退所時情報提供加算」などが新設・拡充されました。

通所リハビリテーションにおいても大きな改定がなされました。これまでの通所リハビリテーションでは、規模が大きくなるほど基本報酬が低くなる設定となっていました。2024年度介護報酬改定では、通所リハビリテーションにおける規模別の基本報酬が見直され、特定の要件を満たす大規模型の事業所では通常規模型と同じ基本報酬が算定できるようになりました。このことで、収入の大幅増を可能とする大規模型事業所が出てくることが考えられます。

近年の介護報酬改定では、国からの介護事業所経営の大規模化を促したい意図が垣間見えますが、今回の通所リハビリテーションにおける改定にはそのメッセージが色濃く反映されていると言えます。つまり、大規模化することで効率化と画一化を図り、国が進める科学的介護をより強化し、制度の維持につなげようとする意向が読み取れます。今後、中小事業所の倒産の加速化はもとより、介護業界の大手による中小事業所の吸収・合併だけでなく、大手が大手を飲み込む再編劇も進んでいくことが考えられます。

まとめ

2024年度の診療報酬・介護報酬改定は、深刻化する医療と介護現場の様々な課題に対応するための取り組みを反映しています。医療介護崩壊が叫ばれる中、医療・介護士従事者の賃上げを中心とした改定は、これらの職場で働く人々への支援を強化するための一歩といえます。

データヘルス改革やマイナ保険証の導入は、医療・介護のデジタル変革を進めるための重要なステップです。効率的な医療提供や患者データの一元管理が可能になり、システムの透明性が向上することが期待されますが、実際の導入には多くの課題も伴います。利用率の低さや、国民の理解不足も依然として問題となっており、これらの技術が広く受け入れられるにはさらなる努力が求められます。しかしながら、個人情報保護に則りながら、患者の医療情報が活用できるプラットフォームが構築できれば、新たなビジネスチャンスの可能性は広がります。

科学的介護情報システム(LIFE)も、介護の質の向上を目指すものですが、データ提出の負担や運用の遅れなど、現場の現実との乖離が存在します。現状では課題も多いLIFEですが、業界的に科学的介護の流れは加速していくことが考えられ、その対応は必須といえます。

これらの改定は、医療・介護制度の持続可能性と質の向上を目指すにあたり重要なステップですが、その効果を最大限に引き出すためには、国にも引き続きの改善と持続的な取り組みが求められています。一方、国からのメッセージをどう受け止め、どう現場に生かすのか。医療・介護業界における経営の舵取りの難しさは年々厳しいものとなっていますが、さらなる少子高齢社会へ向けて、医療・介護経営者には一層の覚悟が求められているのは間違いありません。

参考資料

厚労省資料「2040年を見据えた社会保障の将来見通し(議論の素材)」等について
医療介護費の将来見通し
厚労省資料 診療報酬・介護報酬の改定率

マイナ保険証登録率
※マイナンバー利用者数と人口統計から計算
マイナンバー利用者数(2024年5月31日時点)
総務省統計局 人口統計2024年5月報

マイナ保険証利用率
マイナ保険証の利用状況(国共済組合の利用状況)

今村 美都

医療福祉ライター

今村 美都

がん患者・家族向けコミュニティサイト『ライフパレット』編集長を経て、2009年独立。がん・認知症・在宅・人生の最終章の医療などをメインテーマに医療福祉ライターとして活動。日本医学ジャーナリズム協会会員。

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