「施策実行」と「人材育成」の両輪で、東急不動産HDグループのDX推進を支える

TFHD digital株式会社
上席執行役員 プリンシパル 武重 慶士 氏
業界変革のDXをリードする、東急不動産ホールディングスグループ(以下、東急不動産HD)のデジタルエキスパート集団であるTFHD digital株式会社。2022年に設立され、外部から高度デジタル人材を採用し、グループ横断でのデータ分析・活用やパートナー共創を含む各社のデジタル施策を支援しています。これまでに年間5万時間以上の業務効率化や、「まちづくりDX」のサービス利用者を5万人以上に増やすなど、成果をあげています。
本稿では、TFHD digitalの上席執行役員 プリンシパル 武重 慶士 氏に、会社設立から現在までのDX推進の歩みについて、お話を聞きました。
デジタル活用と人材強化で東急不動産HDグループのDX推進を牽引
貴社の組織体制と事業概要について教えてください。
TFHD digitalは、東急不動産HDのデジタルカンパニーとして、DXによる価値創造を実現するため、2022 年4月次に事業を開始しました(設立は2022年2月)。現在は18名の組織規模で、9月にはもう少し人数拡大することが決まっていますが、少人数で、外部ベンダーと連携しながら課題解決に努めています。
東急不動産HDのDX推進体制としては、「DX推進部」と「CX・イノベーション推進部」の2部門が置かれています。「DX推進部」はDXの全体方針やITインフラ、セキュリティ整備を、「CX・イノベーション推進部」はデジタルマーケティングを含むカスタマーエンゲージメントの強化や、社内外の連携・共創を担っています。当社はこれらの部署と連携して、デジタルを活用した課題解決や高度人材の採用・育成を中心にグループ全体のDX実行支援を行っています。(図表1参照)
図表1:東急不動産HDにおけるTFHD digitalの位置づけ
当社の活動は、5つのグループで構成されています。(図表2参照)
1つ目が「BeesConnectグループ」です。BIツールを活用し、データを軸にした可視化やIoTによる課題解決をおこなっています。
2つ目が「Machi-waiグループ」です。NFC技術を活用し、デジタルエリアマネジメントを実現する「Machi-wai」というツールによって、まちづくりDXの実現を推進しています。
3つ目が「ビジネスデザイングループ」です。DX全般の課題解決をデザインし、さらにデジタルマーケティングやUI/UXデザインも担当しています。
4つ目が「SNSマーケティンググループ」です。東急不動産の公式Instagramアカウントを運営するなど、SNSのプランニングからクリエイティブ制作を含めたデザインまでを担っています。
5つ目が「プロジェクトマネジメントグループ」です。東急不動産HD各社の大型システム開発案件を中心に、プロフェッショナルなプロジェクトマネジメント人材をアサインしています。
図表2:TFHD digitalの事業概要
さらに、「コーポレートグループ」にて、東急不動産HD各社のデジタル人材育成を担っており、「ブリッジパーソン」の育成施策の一環としてトレーニープログラムを運営しています。
グループ全体でデジタル人材を育成し、外部事業者に頼らない体制作りを進める
トレーニープログラムの詳細を教えてください。
トレーニープログラムは、「データ利活用講座」「プロジェクトマネジメント講座」「デジタルマーケティング講座」という3つのプログラムが用意されています。1回の講義に参加するメンバーは5~6名の少人数制で、約3カ月間、毎週1回1時間半の講座を受けてもらっています。参加するメンバーは入社2~3年目の若手から、20年以上在籍しているベテランまで様々です。
すべての講座を合わせると、これまでに約40名のデジタル人材を育成しました。トレーニープログラムの最終発表会には東急不動産HDの経営層も出席し、トレーニングだけで終わるのではなく、会社に戻ってからも継続して取り組むようガバナンスを効かせています。
「プロジェクトマネジメント講座」をプログラムに入れているのは、グループ内でDXを進めていくにはプロジェクトマネジメント力が必要であると考えているからです。トレーニープログラムによってデジタル人材を育成することで、外部のコンサルティング会社や開発ベンダーに頼らずに、社内でプロジェクトを進められるようになります。必要に応じて当社が支援することもできます。(図表3参照)
図表3:トレーニープログラムによるデジタル人材活用
DX推進がクチコミ式にグループ各社に伝播する
TFHD digital設立から3年が経ちました。これまでのDX推進の歩みを教えてください。
当初の想定よりも、スピーディーに推進できています。それを裏付けるように、当社の売上は数倍に増えています。売上の80%以上は東急不動産HD内の売上で成り立っているので、想像以上のニーズがありました。はじめのうちは、TFHD digital設立以前から私が進めてきた取り組みである、週報のデジタル化やデータ収集の自動化のインパクトが大きかったです。
設立当初、プロパー社員は4名で、ほとんどは東急不動産からの出向社員でした。発言力のある課長クラスのメンバーが兼務で集まり、それぞれ所属する課での困りごとを集めてくれました。そこで当社が成果を出したことが、クチコミ式にグループ各社に広がっていきました。さらに、社内異動が定期的に起きるため、兼務で当社に所属したメンバーが異動先で取り組んでいないDX施策があれば導入を薦めて、数珠つなぎのように案件が増えていきました。当社に営業部隊はありませんが、案件が途切れないというありがたい状況です。
顧客データ統合で、グループ横断した提案力強化
グループ各社におけるデータ活用の推進に伴い、いくつかの課題も明らかになってきました。現在グループ内の顧客IDの統合を進めていますが、ホールディングス化以前はグループ各社がそれぞれ上場企業であったため、顧客データは会社ごとに個別に蓄積されており、システムやプラットフォームも統一されていませんでした。そのため、顧客IDの統合にはデータ項目の標準化やクレンジングなど、煩雑な作業が必要となっています。
一方で、データ統合は着実に進んでおり、活用の幅も広がっています。たとえば、東急不動産ホールディングスの関連会社で住宅を購入した顧客が、別のグループ会社でゴルフ会員権を取得している場合、以前はその顧客が同一人物であることを把握できませんでした。しかし、統合されたデータによって、個人の取引履歴を横断的に把握できるようになり、土地やマンションの購入など、新たな提案やクロスセルの可能性が見えてくるようになりました。こうした進展により、マーケティング活動の精度やスピードが格段に向上しています。
技術面でも基盤整備が進んでいます。データ基盤(CDP)をデータウェアハウス(DWH)と連携させ、各社が利用するマーケティングオートメーション(MA)ツールと接続してデータ活用ができるようになりました。収集されたデータのログをホールディングス側で一元管理し、グループ各社が共通の顧客情報を参照できる環境が整いつつあります。ただし、個人情報の扱いには細心の注意が必要であり、現在はマスキングの対応や情報取得時のルール整備にも取り組んでいるところです。
さらに、MAツールの導入が進んでいない企業に対しては、当社が導入支援を行ったり、環境を一時的に貸し出したりといった柔軟な対応を取っています。
今後は、さらなる売上拡大に向けて、行動データを活用したアラート機能の整備も視野に入れています。たとえば、ホームページ上での閲覧履歴をもとに、購入意欲の高い行動が検知された際に営業担当へアラートを出すといった仕組みの構築を検討しています。
「BCPダッシュボード」で実現した、災害時のリアルタイムな情報集約と可視化
具体的なDXの取り組み事例を教えてください。
前年度、特に反響がよかったのは、災害発生後に情報収集するための「BCPダッシュボード」です。BIツールの「MotionBoard」を活用して作っており、物件被害情報や安否確認情報の集約と可視化が実現しました。(図表4参照)
図表4:「BCPダッシュボード」のしくみ
物件被害情報に関しては、地震が発生すると、気象庁の発表データを取得し、AWS上で震度5弱以上を検知した場合にアラートを発報します。この通知はTeams上に配信され、物件担当者がPowerAppsまたはダッシュボードで被害状況を入力することで、情報がAWSに保存されます。これにより、BCPダッシュボード上ではリアルタイムで被害状況の把握が可能になりました。
安否確認情報に関しては、システム連携できない仕様のため、自社でRPAを開発して効率化しました。地震が発生した場合に社員が安否状況を入力した後にボタンを押せば、RPAによって安否情報が取得され、BCPダッシュボードに反映されます。
さらに私たちは、BIツールの“見られなくなる”リスクにも向き合ってきました。BIツールはログインに手間がかかるため、閲覧頻度が下がってしまう懸念が以前からありました。そこで、現在は週報の情報をTeamsに自動配信し、キャプチャ画像付きで共有しています。あわせて、BIツールのURLも記載し、より詳しく見たい人がすぐアクセスできる仕組みを整備しました。「必要な人が情報を取りに行く時代」から、「必要な情報が自動で届く時代」へと、進化しつつあります。
生成AIによる業務支援を準備中
生成AIの活用も進めているのですか?
当社では最近、感情分析のできる生成AIやお客さまへの返信メールを自動作成する生成AIなど、さまざまな生成AIを試しています。生成AIを使用するためのルールを作成したものの、まだ8割くらいの完成度なので、残りの2割を前に進めていきたいです。個人情報や機密情報といったデータを読み込ませないために、現状では限られた範囲での活用にとどまっています。
すでに東急不動産HDでは、最先端の生成AIモデルを取り入れた社内専用の独自チャット「TLC Chat」を開発、導入しています。クラウド情報管理ツールの「BOX」と連携させることで、社内情報の迅速かつ正確な検索と回答を実現しました。
今後は、BIをさらに発展させ、生成AIによって示唆を得られるような活用ができないかと考えています。
目指すはデジタル人材の採用・育成強化とIoTによる施設管理のスマート化
今後、取り組んでいきたいことについて教えてください。
新たな人材の採用です。当社で働く人材は順調に増えてきてはいますが、東急不動産HDの規模で考えれば、まだわずかだと言えます。求人に対する応募はあるのですが、厳選して採用しているため、大幅には増えていません。もう少し人員が増えれば、課題解決のスピードが上がり、対応の幅も広がると思いますので、人材採用に注力していきたいです。関連して、東急不動産HG内のデジタル人材も多く育てていきたいと考えています。
さらに、IoTにも力を入れていきたいです。先日、大阪・関西万博に出展中の東急コミュニティーが管理業務を担う「ハンガリーパビリオン」において、最新のIoTセンサー技術とデジタルツインプラットフォームを統合した施設管理システムの導入について、プレスリリースで発表しました。デジタルツインとは、現実世界の建物や施設、都市空間などを双子のようにデジタル空間に再現する技術です。
この取り組みでは、施設に設置されたIoTセンサーを活用し、水位異常や機器故障などの異常をリアルタイムで検知しています。そのデータがマイコンを通じてAWSへ送信され、異常が検知されるとデジタルツインプラットフォームと連携されます。これにより、発生場所を特定して異常に関する情報が関係者へ即座に送信され、迅速かつ的確な対応が可能となり、施設の安全性と運営効率が向上します。
施設管理は東急不動産HGのベースであるため、デジタルの力を活用していきたいと考えています。
プロフィール
武重 慶士 氏
TFHD digital株式会社 上席執行役員 プリンシパル
大手フィットネスクラブへ入社後、セールス・マーケティングに従事。2015年CRMやBI活用・社内の電子化など社内DX化を推進。2018年からBeesConnect事業を立ち上げ、社外のDX推進・コンサルタント業務を始める。2020年に東急不動産ホールディングス及び東急不動産のDX推進部・IT推進部を兼務し、東急不動産ホールディングスグループ内のDXを推進。現在は東急不動産ホールディングスのデジタル子会社TFHD digital株式会社の上席執行役員として事業部門を統括している。
インタビュー実施日:2025年6月23日



