コラム

生成AI投資のROIを最短で回収する方法は「会議を録る」ことだ──SECIモデルで考える知識創造

執筆:遠藤 美加(パワー・インタラクティブ 取締役 / マーケティングコンサルタント)

なぜ生成AI導入のROIが上がらないのか?

「生成AIを導入すれば生産性が上がるはずだ」。そう期待してPoCを回しても、現場で返ってくるのは“賢い一般論”——このケースは少なくない。経営としては、生成AIの性能差よりも「なぜ投資が効き切らないのか」を正しく捉えることが重要だ。結論から言えば、生成AIが賢くても会社の文脈(=仕事の知識)を知らなければ、アウトプットはズレる。天才を採用しておいて業務を教えず、「成果が出ない」と言っているのと同じ構造である。

組織の知識を資産化する「SECIモデル」とは

ここで役に立つのが、野中郁次郎氏らが提唱した知識創造理論『知識創造企業』などで知られるSECIモデルだ。

SECIプロセス 定義 AI×会議録音による効果
共同化 (Socialization) 場の共有による暗黙知の獲得 会議での議論・文脈の共有
表出化 (Externalization) 暗黙知を形式知へ変換 録音・文字起こしによる資産化
連結化 (Combination) 形式知同士の組み合わせ 過去ログ参照によるFAQ・体系化
内面化 (Internalization) 形式知の実践・習得 新人のオンボーディング短縮

SECIモデルは、組織の知識が「暗黙知(経験・勘・判断のクセ)」と「形式知(文章・図・ルール)」のあいだを行き来しながら、螺旋状に拡張していくという考え方である。共同化で“場”の感覚が共有され、表出化で「なぜそう判断したか」が言葉と型になり、連結化で点在する知識が体系化され、内面化で現場の実践を通じて身につく。重要なのは、生成AI活用を「便利な回答」ではなく、知識創造(暗黙知↔形式知の変換)を回す仕組みとして設計できる点にある。

では、SECIの螺旋を回すために、最初に何へ投資すべきか。

生成AI投資のROIを最短で回収する方法

私の結論はシンプルで、会議を録ることだ。理由は3つある。

(1)暗黙知の密度が最も高い「会議」を捕捉できる

意思決定の前提、優先順位、反対意見、妥協点、「本当は何を恐れているのか」といった判断の勘所が、最も濃く露出するのが会議だ。ここを取り逃すと、組織の知識はいつまでも個人の頭の中に留まり続ける。

(2)「表出化」を低コストで加速できる

通常、暗黙知を形式知に変えるには、人が頑張って書き起こし、整理し、整備する必要がある。だが、会議音声を録り、文字化し、生成AIで要点抽出や「結論/理由/未決/ToDo」を整形するだけで、判断基準が“型”として残り始める。これだけで、意思決定の再現性は一段上がる。

(3)「連結化」により経営の武器(FAQ等)が育つ

会議ログが溜まるほど、連結化が効き始める。生成AIは会議を横断して参照し、「過去に同じ論点がどう結論づけられたか」「顧客Aと顧客Bの成功要因の共通点は何か」「部門間で前提がズレているのはどこか」を整理できるようになる。結果として、決定事項DB、FAQ、プレイブックといった“体系”が自然に育つ。これは単なる業務効率化ではなく、経営の武器になる。

真のROIは「時間削減」ではなく「意思決定の高速化」

そして最終的に、形式知が現場で使われることで内面化が進む。新人や異動者が「何を重視する組織か」を短期間で掴めるようになり、オンボーディング短縮、手戻り削減、判断のブレ抑制につながる。ROIを語るなら、時間削減だけでなく、意思決定リードタイムと手戻りという“経営の速度”に直結する指標が動く点を見逃してはいけない。

もちろん、理想を言えば、録音データを生成AIフレンドリーに整備し、権限管理や機密区分、保持期間などのガバナンスも整えるべきだ。ただし順番が重要で、最初から完璧を目指すと導入が遅れ、ROI回収が遠のく。いまの生成Iは推論能力が高い。だからこそ、まずは「仕事が生まれている場所」——会議——を録り、参照できる状態に寄せていく。これが最小の投資で最大の効果を引き出す現実解だ。

生成AI活用の第一歩は、ツール選定でもプロンプト研修でもない。会議を録ることで、組織が持つ暗黙知を資産化し、SECIの螺旋を回し始めることだ。生成AIを“賢い外部者”のままにせず、会社の仕事を理解する“内側の知能”に育てられるか。そこが、生成AI投資の成否を分ける。

図:生成AIで組織知を資産化

よくある質問(FAQ)

Q. 生成AI活用における「SECIモデル」とは何ですか?

A. 組織の知識を「暗黙知(経験や勘)」と「形式知(データや文章)」の間で循環させ、資産化するフレームワークです(野中郁次郎氏らが提唱)。生成AI導入においては、現場の暗黙知を生成AIに学習可能な形式知へ変換し、組織全体の知識レベルを高めるための基盤となります。

Q. なぜ「会議の録音」がAI投資のROIを最大化するのですか?

A. 会議には、意思決定の背景や言語化されていない懸念といった文脈(暗黙知)が最も濃く含まれているからです。これを録音・文字化して生成AIに学習させることで、「表出化」のプロセスを低コストで実現でき、生成AIのアウトプットが自社の実情に即したものになります。

Q. 生成AI導入における「真のROI」とは何ですか?

A. 単なる業務時間の削減だけではありません。形式知化されたナレッジによって判断のブレが減ることによる「意思決定リードタイムの短縮」や「手戻りの削減」、さらに新人教育(オンボーディング)の高速化といった経営スピードの向上が、本質的な投資対効果です。

遠藤 美加

取締役/常務執⾏役員

遠藤 美加

マーケティング戦略策定

関⻄学院⼤学経済学部卒業。住友ビジネスコンサルティング株式会社⼊社。マーケティング分野のリサーチおよびコンサルティング業務を経て、⽴命館⼤学(学校法⼈)に転じ、⼤学の⻑期経営計画づくりや産学連携事業を担当。その後、⼤阪市のソフト産業プラザにてベンチャーコーディネーター業務に従事。2000年4⽉、パワー・インタラクティブ⼊社。同年6⽉取締役、2003年常務執⾏役員に就任。全社の事業戦略を統括する。

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