イベントを「一日限り」で終わらせない企業が、これから強くなる理由

展示会には、多くの顧客情報が集まります。来場者の属性、ブースで交わした会話、興味を示した製品、導入予定時期、競合製品の利用状況、営業担当者が感じた温度感など、Webサイトや広告だけでは得にくい一次情報です。

ところが、多くの企業では、こうした情報が展示会終了とともに失われてしまいます。担当者のメモや記憶に残るだけで、名刺管理システムには連絡先だけが登録される。展示会で得た情報が、次の営業・マーケティング活動に十分活かされないまま終わるケースは少なくありません。

本来、展示会で取得した情報は、その場限りの記録ではありません。営業、マーケティング、商品企画、経営判断まで、企業全体で活用できる顧客資産です。

第1回では、展示会の成果は当日ではなく、その後のデータ活用で決まることを紹介しました。第2回では、日本企業の展示会DXを阻む5つの課題を整理しました。

シリーズ最終回となる今回は、展示会データを企業の競争力へ変えるための考え方と、具体的な進め方を解説します。

顧客は「展示会の来場者」ではない

企業には、Webサイト、広告、メール、セミナー、問い合わせ、営業訪問、展示会など、さまざまな顧客接点があります。

しかし、企業側では、同じ顧客が接点ごとに別々の存在として管理されることがあります。展示会システムでは「来場者」、MAでは「メール受信者」、CRMでは「担当者」や「商談」、Web解析ツールでは「サイト訪問者」として扱われます。

顧客から見れば、これらはすべて同じ企業との接点です。展示会だけを独立したイベントとして管理すると、その前後にあったWeb閲覧、メール反応、営業活動、過去の商談との関係が見えません。

展示会データは、単独で保管しても十分な価値を生みません。CRM、MA、Web行動、過去の商談、既存顧客情報などと結び付け、「一人の顧客」「一つの企業」として理解できる状態をつくることで、初めて活用可能なデータになります。

データは、集めるだけでは競争力にならない

データ活用に取り組む企業は増えていますが、「データを持っている企業」と「データを競争力に変えている企業」の間には、大きな違いがあります。

違いは、データが実際の意思決定に使われているかどうかです。

例えば、展示会で取得した情報をもとに、次のような判断ができれば、データは事業成果へつながります。

・営業が優先的にフォローすべき企業を判断する
・インサイドセールスが適切なタイミングでアプローチする
・マーケティングが関心テーマに応じたコンテンツを配信する
・既存顧客へのアップセルやクロスセルの可能性を把握する
・経営層が展示会ごとの案件創出額やROIを比較する
・次年度に出展すべき展示会や重点製品を判断する

データを集めること自体が目的ではありません。データによって、営業・マーケティング・経営の判断を変えることが目的です。

展示会データを、営業・マーケティング・経営へつなぐ

パワー・インタラクティブでは、展示会DXの本質は、受付システムや名刺管理ツールを導入することではないと考えています。

重要なのは、展示会で取得した情報を、CRM、MA、Web行動、営業活動、BIなどへつなぎ、営業・マーケティング・経営が共通の顧客データを利用できる状態をつくることです。

展示会データをシステムへ接続するだけでは、事業成果にはつながりません。取得した情報をもとに、誰を優先し、どのような施策を実行し、案件や売上への貢献をどのように測るかまで設計する必要があります。

第1回で紹介した「Exhibition Data Value Chain」では、展示会データが価値へ変わる流れを、次の6つのプロセスで整理しました。

Capture|接点を記録する
来場者の属性、興味関心、課題、会話内容、商談温度、希望する次のアクションなどを記録します。

Connect|顧客データをつなぐ
展示会データをCRM、MA、Web行動、過去の商談・購買情報などと統合します。

Prioritize|対応の優先順位を決める
企業属性、関心度、導入予定時期、過去の接点などをもとに、営業が早急に対応する対象と、中長期で育成する対象を分けます。

Activate|営業・マーケティング施策へ反映する
営業フォロー、インサイドセールス、メール配信、セミナー案内、コンテンツ提供など、顧客の状況に応じた施策を実行します。

Measure|事業成果を測る
展示会を起点に、案件、パイプライン、受注、売上、ROIまでを継続的に追跡します。

Improve|次回の意思決定へ活かす
分析結果を次回の出展判断、ブース設計、製品訴求、スタッフ配置、フォロー施策などへ反映します。

このサイクルを継続することで、展示会は一度きりのイベントから、実施するたびに顧客理解と知見が蓄積されるデータ資産へ変わります。

AI時代だからこそ、展示会データの価値が高まる

生成AIの進化によって、展示会後の業務も大きく変わろうとしています。

例えば、商談内容の文字起こしや要約、興味関心の分類、フォローアップメールの作成、対応優先度の判定、レポート作成、次回アクションの提案など、さまざまな業務をAIで支援できるようになっています。

ただし、AIを導入すれば自動的に展示会の成果が高まるわけではありません。

会話内容が記録されていない、顧客IDが統一されていない、CRMへデータが正しく登録されていない、営業活動の結果が更新されていないという状態では、AIが分析するための材料そのものが不足します。

AI活用の前提になるのは、何を取得し、どのシステムへつなぎ、誰がどのように利用するのかを設計することです。

AIは、展示会データ活用のプロセスを加速する手段です。データ設計や運用設計そのものの代わりにはなりません。

セルフ診断|あなたの会社の展示会データ活用成熟度

展示会データ活用は、いきなり高度なAIや大規模なデータ基盤を導入することから始める必要はありません。

まず、自社が現在どの段階にいるのかを把握し、次のレベルへ進むために必要なデータと運用を明確にすることが重要です。

LEVEL 1|運営管理

来場者数、名刺獲得数、当日商談数などを主な成果としている段階です。展示会後は名刺を営業担当者へ渡し、会話内容は担当者の記憶やメモに残っています。

この段階では、展示会の活動状況は把握できますが、その後の案件や売上との関係を追跡できません。

次に目指すこと:
名刺や会話情報をデジタル化し、展示会後も継続的に利用できる状態をつくる。

LEVEL 2|デジタル化

QR受付、名刺管理ツール、イベントアプリ、展示会後のメール配信などを導入している段階です。

業務は効率化されていますが、展示会データがCRMやMAから分断され、個別ツールの中に閉じている可能性があります。

次に目指すこと:
展示会を独立したシステムとして扱わず、既存の顧客データへ接続する。

LEVEL 3|データ連携

展示会データをCRMやMAへ連携し、過去の商談やWeb行動と結び付けられる段階です。

顧客単位で接点を把握できるようになりますが、営業・マーケティング施策へ十分活用できていない場合があります。

次に目指すこと:
データを確認するだけでなく、データによって次のアクションを変える。

LEVEL 4|施策最適化

来場者の関心度や導入時期をもとに、営業フォローの優先順位を決め、顧客ごとに異なる施策を実行している段階です。

営業とマーケティングが共通のデータを利用し、展示会後の顧客行動も継続的に追跡できています。

次に目指すこと:
展示会投資とパイプライン、受注、売上との関係を可視化する。

LEVEL 5|事業管理

展示会ごとのパイプライン創出額、受注、売上、ROIまで追跡し、分析結果を次回の出展判断や経営判断へ反映している段階です。

展示会は、単なるマーケティングイベントではなく、顧客理解、案件創出、投資判断を支える経営資産になっています。

展示会DXのゴールは、デジタル化そのものではありません。展示会データを営業・マーケティング・経営の意思決定に利用できる状態へ進化させることです。

海外先進企業は、展示会データをどう活用しているのか

成熟度の高い企業では、展示会やイベントのデータをどのように活用しているのでしょうか。

ここでは、Cvent、RainFocus、Bizzaboが公開している顧客事例から、日本企業にも参考になるポイントを紹介します。以下の数値は各ベンダーが公開している導入事例に基づくものであり、第三者による効果検証ではない点には留意が必要です。

PwC|イベントデータをSalesforce、Eloquaへ接続

PwCは、Cventのイベント管理プラットフォームを、マーケティングオートメーションのEloqua、CRMのSalesforceと統合しました。

イベント参加情報を既存の顧客データへ連携することで、イベント後の施策を対象者ごとに最適化し、リードから案件、売上までを追跡しやすい環境を構築しています。

この事例から学べるのは、イベント管理ツールを導入したことそのものではありません。展示会データを既存のCRM・MAへ組み込んだことが重要です。

展示会、MA、CRM、商談という一連のデータフローを設計することが、成果可視化の前提になります。

Zscaler|展示会データを営業・マーケティング・経営で共有

クラウドセキュリティ企業のZscalerは、RainFocusを利用してグローバルイベントを運営しています。

公開事例によると、イベントへの登録、セッション参加、会場での行動などをSalesforceから確認できる環境を整え、営業担当者のフォロー、マーケティングによるパイプライン創出、経営層によるROI評価へ利用しています。

ポイントは、「誰が来たか」だけでなく、どの企業が、どのテーマに関心を示し、会場でどのような行動を取ったかまで把握していることです。

展示会データが、営業担当者の顧客理解と優先順位付けを支えるインテリジェンスになっています。

Experity|イベントをパイプラインとROIで評価

医療IT企業Experityのイベント事例では、365人の参加者に対して、イベントで影響を受けたパイプラインが900万ドル、イベント後に創出されたパイプラインが540万ドルに達したとされています。

同社は、パイプラインベースで19倍、売上ベースで6倍のROIを計測し、受注率も30%上昇したと報告しています。

この事例で重要なのは、個別の数値そのものではありません。参加者数だけでイベントを評価せず、パイプライン、受注、売上、ROIまで追跡している点です。

評価指標を事業成果まで伸ばすことで、イベントはマーケティング部門の活動から、経営が投資判断できる施策へ変わります。

CMP|会場内の行動そのものをデータ化

Customer Management Practiceは、BizzaboのSmartBadgeをイベントで利用しました。

公開事例では、500人の参加者の94%がSmartBadgeを使用し、8,963件のコンタクト交換が発生したとされています。出展企業1社あたり平均87件のリードを生み、従来のQRコード方式と比較して出展者リードが315%増加したと報告されています。

この事例が示しているのは、展示会DXが「受付をデジタル化する段階」から、会場内の行動や接触をデータ化する段階へ進んでいることです。

誰が来たかだけではなく、誰と会ったか、どこへ立ち寄ったか、どのテーマへ関心を示したかを取得することで、展示会後のフォロー精度を高められます。

海外事例に共通する5つの考え方

紹介した企業は、利用するツールもイベントの規模も異なります。しかし、データ活用の考え方には共通点があります。

第一に、イベントの中だけでデータを閉じず、CRMやMAなど既存の顧客基盤へ接続しています。

第二に、登録情報だけでなく、セッション参加、接触、興味関心などの行動データを取得しています。

第三に、イベント部門だけでレポートを見るのではなく、営業がフォローや優先順位付けに利用しています。

第四に、参加者数や名刺獲得数だけでなく、案件、パイプライン、受注、売上まで評価指標を伸ばしています。

第五に、分析結果を次のイベント企画やマーケティング投資の判断へ反映しています。

海外先進事例から見えてくるのは、単なるイベントツールの高度化ではありません。展示会データを既存の営業・マーケティングプロセスへ組み込むことが共通しています。

展示会データ活用を進める6か月ロードマップ

展示会データ活用というと、大規模なシステム構築を想像するかもしれません。しかし、最初からすべての展示会やシステムを統合する必要はありません。

まず一つの展示会を対象に、接点から案件・売上までを追跡できる小さな成功モデルを6か月でつくることが現実的です。

1か月目|現状把握

最初に、現在の展示会業務を棚卸しします。

展示会の目的やKPI、取得しているデータ、展示会後のフォロー、使用しているシステム、営業・マーケティングの役割分担を整理します。

成果物:展示会データ活用の現状マップ

2か月目|KPI・データ設計

展示会の事業目的から逆算し、取得すべきデータを定義します。

名刺情報だけではなく、関心製品、課題、導入予定時期、商談温度、次回アクションなど、展示会後の判断に必要な項目を決めます。営業へ引き渡す条件や評価指標もこの段階で明確にします。

成果物:展示会KPI・データ定義書

3か月目|データ連携

展示会で取得したデータを、CRM、MA、Web行動、過去の商談情報などへ接続します。

顧客IDや企業ID、名寄せルール、CRMへの登録方法、データ更新フローを設計し、展示会、顧客、商談を追跡できる最低限のデータ構造をつくります。

成果物:展示会データ連携フロー

4か月目|フォロー設計

全員へ同じメールを送るのではなく、顧客の状況に応じてアクションを変えます。

具体的な案件がある顧客は営業が早期に対応し、関心はあるものの時期が未定の顧客はインサイドセールスやMAで育成するなど、分類ルール、スコアリング、営業通知、フォロー期限を設計します。

成果物:展示会フォローシナリオ

5か月目|可視化

展示会の成果を継続的に確認できるダッシュボードを構築します。

展示会直後は有効リード数やフォロー実施率、1〜3か月後は商談化率やパイプライン創出額、3〜6か月後は受注、売上、ROIを確認します。

成果物:展示会パフォーマンスダッシュボード

6か月目|評価・改善

最後に、どの展示会が案件を生んだのか、どの業界や製品への反応が良かったのか、どのフォロー施策が商談につながったのかを分析します。

継続する施策、改善する施策、やめる施策を決め、次回の出展判断や企画へ反映します。

成果物:展示会改善計画

6か月後のゴールは、巨大なシステムを完成させることではありません。

一つの展示会について、顧客接点から案件・売上までを追跡できるモデルを完成させることです。

そこで成果が確認できたら、ほかの展示会、事業部、全社へ順番に展開していきます。

展示会DXのゴールは「展示会経営」である

3回にわたり、展示会データ活用について考えてきました。

第1回では、展示会の成果づくりは、イベントが終わった瞬間から始まることを紹介しました。第2回では、日本企業の展示会DXを阻む、目的、データ、部門連携、システム連携、ROIの5つの課題を整理しました。

そして今回は、展示会データを営業・マーケティング・経営の共通資産へ変える方法を解説しました。

展示会DXのゴールは、受付をデジタル化することでも、名刺を自動登録することでも、AIを導入することでもありません。

展示会という重要な顧客接点を、企業の営業・マーケティング・経営データへ変えることです。

そして、「何人来場したか」だけではなく、「どの顧客との関係が深まったのか」「どの案件が生まれたのか」「どれだけのパイプラインや売上につながったのか」「次はどこへ投資すべきなのか」を判断できる状態をつくることです。

展示会を運営する企業から、展示会を経営できる企業へ

それが、Power Interactiveが考える展示会データ活用の最終的な姿です。

次回シリーズ予告

製造業における展示会データ活用

日本の製造業では、展示会が今も重要な営業・マーケティング活動として位置付けられています。

一方で、検討期間の長さ、技術部門と営業部門の連携、代理店を含む複雑な商流、展示会後の案件管理など、製造業特有の課題があります。

次回シリーズでは、製造業における展示会を案件創出の起点として捉え、営業連携、長期フォロー、ROI可視化の実践方法を解説します。

参考・参照資料

本記事の海外事例、イベントデータ連携、成果測定に関する記述では、以下の企業・サービスが公開する資料を参照しました。


・Cvent, How to Prove Event ROI
イベントデータとCRM・マーケティングオートメーションを接続し、イベント後の施策や案件への貢献を追跡する考え方を紹介しています。
・RainFocus, Creating Cross-Functional Value and Simplifying Complex Events ― Zscaler
Zscalerがイベント登録、セッション参加、会場行動などのデータをSalesforceから確認し、営業、マーケティング、経営層の意思決定へ利用した事例です。
・Bizzabo, How Experity Achieved $9 Million in Pipeline with Bizzabo
Experityがイベントの成果を参加者数だけでなく、パイプライン、受注、売上、ROIまで追跡した事例です。
事例PDF
・Bizzabo, CMP Case Study: How to Boost Event ROI with Klik
・Customer Management PracticeがSmartBadgeを利用し、参加者同士の接触や会場内での行動をデータ化した事例です。
事例PDF
・Cvent, Event Marketing Management Insights
イベントデータを営業・マーケティングシステムへ統合し、顧客エンゲージメントやパイプラインを把握する考え方を紹介しています。
・RainFocus, Field Marketing
イベント接点をCRM、MAP、CDP、営業活動へ接続し、イベント後のナーチャリングや案件創出へ活用する方法を紹介しています。
・Bizzabo, Event Resources
イベントROI、参加者エンゲージメント、イベントテクノロジー、AI活用などに関する各種調査・ガイドが掲載されています。

海外事例に関する注記

本記事で紹介した数値や成果は、各イベントプラットフォーム企業が公開している顧客事例に基づいています。第三者機関による効果検証ではなく、導入企業およびサービス提供企業の公表値である点にご留意ください。

本記事で示したモデルについて

「展示会データ活用成熟度モデル」および「展示会データ活用ロードマップ|6か月プラン」は、海外事例、公開調査、Power Interactiveのデータ活用・マーケティング支援の知見をもとに整理した独自のフレームワークです。

久道 真之介

EM部 部長

久道 真之介

マーケティング戦略策定

通信会社で法人向けの営業を8年経験。その後起業を経験し、2010年にパワー・インタラクティブに入社。Webサイト制作のディレクションからリスティングの運用、アクセスログの分析など現場での業務を経験し、現在はマーケティングコンサルタントとして、BtoB・BtoCのデジタルマーケティングの戦略立案から伴走支援までを行う。

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