「会社では、優秀な2割の社員が他の社員を食わせている」。そんな話を耳にすることはないでしょうか。
これは「パレートの法則」というもので、自然科学やリスクマネジメントでも用いられる考え方です。「80:20の法則」とも呼ばれます。 もちろん、マーケティングにも有用であり、また消費の現場で起きていることでもあります。
売り上げが伸びない、利益が上がらない、といったときは、パレートの法則について知る必要があります。
「パレートの法則」と夏休みの宿題
「パレートの法則」は、19世紀にイタリアの経済学者であるビルフレッド・パレート氏が見いだしたものです。少数(20%)の原因が結果の大部分(80%)に影響するという法則ですが、「20」「80」という数字そのものに絶対的な意味があるわけではなく、あくまでものごとの集中傾向を示したものです。
世界の富は一部の富裕層に集中している、企業では2割のリソースが全体の8割を生み出している、といったような話を耳にすることもあるかも知れませんが、これもパレートの法則から来たものです。
そして、パレートの法則は意外なところにもあります。
筆者の個人的経験で恐縮なのですが、筆者の大学試験の英語の筆記試験は、長文の「英訳」「和訳」をメインとするものでした。
筆者は単語の丸暗記が苦手でした。しかし2割だけ分かれば良い、というのは極論としても一部の重要な英単語さえ知っていれば、他に知らない単語が出てきても、なんとなく文章の意味がわかり、間違いではない訳をできるものだ、と思ったことがあります。
すべての英単語を記憶することに時間を割くのではなく、一部の英単語をうまく使うことに時間を割いていたのかもしれません。
他には、個人差はあるかもしれませんが、夏休みの宿題にも当てはまるでしょうか。毎日全力でやらなくても、全体の2割の日に集中してこなして8割までなんとか完成させる。そんな経験をお持ちの方は多いのではないでしょうか。
マーケティング上での「パレートの法則」
2割のリソースが全体の8割を生み出す、これはマーケティングでも言えることです。「全体の2割が企業の利益の8割を生み出している」という法則は、人員や時間というリソースに限ったことでありません。
マーケティングの現場では、「2割の商品が全体の8割の利益を生んでいる」あるいは、「2割の顧客が全体の8割の売り上げに貢献している」という考え方もできるのです。
一部の顧客が売上の大半を占めている、その例として知られるのが飲料大手のカゴメです。
カゴメが主力製品であるトマトジュースの売上を分析したところ、「上位2.5%の顧客が売り上げの30~40%を占めている」ことがわかったといいます*1。1日220円以上、年間8万円以上カゴメ商品を購入するコアファンがカゴメの売り上げを支えている状況が判明したのです。
実は、カゴメがこのような分析をしたのは、売り上げに陰りが見えた時のことでした。そしてここで得られた重要な事実は、売り上げを支えているこうしたコアファンが少しずつ離れ始めていることだったのです。
さて、この状況で打つべき施策はどのようなものでしょうか。割引キャンペーンでしょうか。有名人を使ったCM展開でしょうか。カゴメが実施したのは、コアファンどうしの交流スペースであるコミュニティサイト「&KAGOME」の立ち上げでした。
カゴメ商品を使ったレシピを交換しあったり、トマトを育てている人の情報交換コーナーがあったり、あるいは食全般についてユーザー同士で話し当たり情報交換したりできるトークルームを備える、など多くの機能が詰まったコミュニティサイトです。ファン限定イベントの紹介もここで行っています。また、カゴメ社員が直接メッセージを発信する場所にもなっています*2。
人数は少なくても全体の売り上げの多くを占めるコアファンを逃すまいと、囲い込みに入ったのがカゴメの戦略です。
そして「&KAGOME」で、コアファンが持つメーカーや商品への熱狂度を上げるという方法です。
また、企業理念に共感するコアファンは個人株主にもなっており、一般顧客がカゴメ商品を月に100円購入するのに対し、株主にもなっているファンは月1300円購入するといいます*3。
忘れてはならない「1:5の法則」
カゴメのように、コアファンにより強く訴求することで熱狂の輪を広げていく、こうした手法は「ファンベースマーケティング」とも呼ばれています。
また、ファンベースマーケティングが持つ横への拡散力について、電通出身の佐藤尚之氏はこのように述べています。
「世の中に商品や情報やエンタメが溢れかえっている今、『自分にぴったりの商品』や『まさに今の自分に有益な情報』や『自分のツボにハマるエンタメ』にいったいどうやって出会えばいいのだろう。(中略)でも、友人が薦めるなら話は別だ。なぜなら、友人とは『価値観が近い人』だからである。価値観が近い友人がツボにはまるコンテンツは自分もツボにはまる可能性が高いし、価値観が近い友人が愛用しているモノは自分も愛用する可能性が高いし、価値観が近い友人が熱中するコトは自分も熱中する可能性が高いからだ。」
単なる「購入経験者」ではなく「ファン」になると、人は自分の好きなものについて他の人よりも熱を持って語ります。その熱量で、ファンの周辺の人をも巻き込んでいくという戦略です。
そして、ファン層や既存顧客を重視すべきもうひとつの理由があります。「1:5の法則」というものです。
アメリカの大手コンサルティング会社のディレクターであるフレデリック・ライクヘルド氏が提唱したもので、新規顧客の獲得には既存顧客維持の5倍のコストがかかる、というものです。 新規顧客の獲得には広告やキャンペーン費がかかり、結果として利益率は落ちてしまう、などの理由からです。
市場の縮小を見据えた戦略を
長期でマーケティング施策を考える場合、これから特に日本では超少子高齢化による市場の縮小を念頭におかなければなりません。 より小さくなるパイの奪い合いが待っているのです。
また、「モノ消費」よりも「コト消費」「トキ消費」に価値を見いだすというZ世代が消費の中心になっていきます。自分のお気に入りやご贔屓を周囲に広める「推し活」に象徴されるように、熱狂にお金を使う特徴もあります。
ファンベース、とは、企業みずからが大枚をはたいて新規顧客獲得に躍起になるよりも、こうした「ファン」の拡散力を上手く取り入れるというひとつの手法なのです。
社会構造が変化する中では、「何を売るか」だけを考えていても限界がやってきます。「誰に売るか」「誰からの売り上げを強化するか」が大切になっていくでしょう。