「文章力がないからプロモーション担当に向かない」は、半分ウソ

筆者は本業ライターとして仕事をしています。一般的にはプロと呼ばれる仕事です。
そして、コラム記事の執筆だけでなく、リーフレットやパンフレットの制作、キャッチコピーの考案といった形で、企業のプロモーションのお手伝いをすることもよくあります。

その中で、「文章力」にコンプレックスを持つ人が多くいらっしゃいます。

ライティングという形でさまざまな企業のプロモーションの仕事をお手伝いできるのは筆者としては嬉しいことです。
しかし、企業側の担当者の方の中には文章力に過度のコンプレックスを持つあまり、「自分では何も表現できない」と考えている人も少なくないようです。

では、文章力がない人は広告制作に向かないのか?
その思い込みは捨てる必要がある、というのが筆者の実感です。

テレワーク下で重視された「文章力」

コロナの流行でテレワークへの移行が進んだ2020年12月に、日本漢字能力検定協会が文章力についてのアンケート調査を実施しています。

まず、ビジネスにおいて文章力は必要か、という問いに対しては95.9%の人が「必要」と答えています*1

その理由は、以下のようになっています(図1)。

図1:ビジネスにおいて文章力が必要だと感じる理由

<出所:日本漢字能力検定協会「With コロナ時代のテレワークに関する意識調査」 p.7>

テレワーク下では対面でのコミュニケーションが取れないため、チャットやメールで物事を伝えなければならない場面が増えています。
しかし、わかりやすい文章を書けないためにテレワークの生産性を下げていると感じている人が少なくないようです(図2)。

図2:テレワークで生産性が下がった理由

<出所:日本漢字能力検定協会「With コロナ時代のテレワークに関する意識調査」 p.2>

「適切な文章を書く力がないことで生産性を下げている」とする人は3割にのぼっています。

「綺麗なコピー」よりも大切なこと

社内でのコミュニケーションですら文章力についてこのように感じるのですから、外部に発信するツールとしての広告制作など自分には到底できない、そう考える人がいてもおかしくありません。

もちろん筆者は、記者という職業を経て文章を書くことを稼業としていますので、そういった際に頼りにしていただくのは嬉しいことです。

しかし、中には「丸投げ」というケースがあることを懸念しています。

PRの仕事にあたっては、筆者はもちろんその企業の成り立ちや企業理念、製品やサービスのコンセプトについてお話を聞きます。
それを適切な文章表現にするのが筆者の仕事と言えばその通りです。

しかし、「綺麗なコピーや洗練された単語選び」よりも大切なものがあると筆者は考えています。
それは、「現場の声」です。

それは、現場が納得する言葉選びなのか?

文章にするのが苦手でも、人は多少なりとも、自分の仕事に対して何らかの単語を持っているはずです。

自分が働く理由について、上手くは言えないけれど「やりがい」、自分の仕事へのこだわりとして上手く言えないけれど「きめ細かさ」、自分の性格について上手くは言えないけれど「几帳面」…。

これは筆者がある企業の会社案内と製品紹介のパンフレット刷新の時に経験したことですが、大手代理店の出身者を交えた会議では、勉強になる手法が示されました。

まず、会社のキャッチフレーズについて。

会社のコピーとは、全員の名刺に印刷されるものです。
果たしてそれが「上手い人任せ」で良いのか?という議論です。「自動的に印刷されただけの名刺」「なんか書いてある」というものを自分が喜んで配りたいか?という視点です。

まず、「自社はどのような会社だと思うか?」現場の社員すべてから「どんな製品だと思っているか、自分の言葉でいいから、短くても長くてもいいから示してほしい」という手法を取りました。製品についても同様です。
それを全て集め、ひとつの単語に集約できるものはしていく、という作業の繰り返しです。

これらの大量の材料があってこそ、外部のライターやデザイナーは的確な表現方法を探ることができるのです。ここが、ライターという外部の人間の仕事とも言えます。 聞くと冗長に感じるかもしれないこの作業があってこそ、誰もが納得し、そのコピーのもとに一丸になろうというきっかけ作りになるのです。

当然、ライターやデザイナーを稼業としている人は、さまざまな表現について幅広く考え、かつ社内だけでは生まれにくい表現方法を提示することができますから、「丸投げ」されてもある程度のお応えをするのは当然です。

しかし外部のライターやデザイナーの仕事も、材料なしには成り立たちません。 特に、多くの社員から発せられるさまざまな言葉というのはとても重要だと考えます。

当事者からしか出てこない「単語」がある

自分は文章が上手ではないから、あるいは、喋りが上手でないから、そう口にする人は多くいらっしゃいます。

しかし、人間は行動を取る時、何かを考える時は、必ず脳内で「言葉」で考えているはずです。

そして日本語に限らず、言葉には「同義語」がたくさん存在します。
たとえば、「真面目な」という一言のなかに込められる意味は人によって異なります。

そこには几帳面さ、誠実さ、何よりもそれを優先している、期待に応える、など人によって多数の言い換えが存在します。ただ、他人への表現が得意でないために「真面目」という言葉に集約してしまうだけなのです。

実は、筆者が企業とお付き合いを重ねる時、「この会社の人はこの単語をよく使う」という傾向が企業ごとに異なると感じています。似たような状況をさす単語であっても人によって異なる単語を好んで使うのです。その違いこそが、自社や製品の本質を突く要素なのです。「軸」とも言えるでしょう。そして、この「軸」がなければ何事も始まりません。

伝えようとする第一歩は、長文や流暢なものでなくても良い

物事を言葉で表現しようとすると、どうしても「整った文章でコミュニケーションしなければならないのでは」と構えてしまいがちです。

そうでなくても、自社の会社や製品を表すキーワードは何かをまず出してみよう、というシンプルな発想がプロモーションに取り掛かる第一歩と筆者は考えます。まずは単語から初めてみることです。

もちろん「真面目に頑張る会社」というだけでは困ります。そんな企業はどこにでもあるからです。 どう真面目なのか、何を頑張っているのか?いきなり文章にしようとするより、ひとつの単語を深堀りして考えることのほうが重要です。

プロのクリエイターの出番はそこからです。

ライターの身としては、前提なしに「何かいい表現はないか」と言われても実は困ってしまうことが多々あります。
プロモーションとは企業の「こだわり」を表に出す場所です。
ライターも所詮は他人ですから、材料がなければこだわりようがなくなってしまうのです。

また、自社や製品にはどんなキーワードが似合うだろう?
社員みずからがそう考えることは、自社や製品の特徴を再発見する良い機会になるはずです。

さらに、こうした作業を繰り返すことで、本当に自社が目指しているものは何かが洗練されてゆき、従業員の意思統一にもつながっていきます。

「100を知って1を書く」。ライターの仕事はそんなところにあります。

長さや体裁ににこだわらず、まずは多くのキーワードを探す。
細切れの作業から全ては始まるのです。

この記事を書いた人

清水沙矢香

2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。
取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中。