営業マーケティング系のデータ活用は「小さくはじめ大きく波及させよ」―――現場感×データインサイトを実現する「ジョハリの窓」

高橋 威知郎(たかはし いちろう)

株式会社セールスアナリティクス 代表取締役
データ分析・活用コンサルタント

中央官庁およびコンサルティングファーム、大手情報通信業などを経て現職。約20年間、一貫してデータ分析に携わる。現在は、営業やマーケティング、生産、開発などの現場における地に足がついたデータ分析・活用(データドリブン化)の支援を実施。


データ活用はアベレージヒッター

最初からホームランを狙うのはハイリスクです。
データ活用をする上で、上手くいきやすいのは、できるだけコンパクト(できれば自部署+関連部署が1つ2つだけ)に小さく始め、その成果をもとに大きく波及させることです。
小さく始めると、軌道修正も簡単ですし、失敗の影響も少なく、何度でもチャレンジできます。そして、関わった人に早い段階で、自信を与えてくれます。何よりも、小さくても実績は実績です。エライ人や関連部署などの理解や協力を得るのに、この実績が使え、大きく波及する手助けになります。

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当然ですが、大きな成果を狙うよりも、小さな成果を狙う方が上手くいく確率は高くなります。野球で例えるなら、ホームランを打つパワーヒッターではなく、こつこつヒットを打つアベレージヒッターのイメージです。

こつこつヒットを打っていれば、そのうちいくつかはホームランになります。

データから新たな気付きを得られた!は本当か?

よくあるデータ活用の事例の1つに「缶ビールと紙おむつが一緒に買われている」というのがあります。「データから新たな気付きを得られた」ということなのでしょう。この「缶ビールと紙おむつ」の事例は、1998年の米国のForbes誌で紹介されたものです。当時のNCR社が米国にある小売店であるオスコのデータを分析して得た併買ルールです。

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よく考えてみると、本当に缶ビールと紙おむつがよく併買されているのなら、レジ係は知っているはずです。毎日のように目の前で見ていますし、そのレジ打ちをするからです。
この分析結果を現場のレジ係に伝えれば、おそらく「そう! そう!」と言ってもらえるはずです。現場感とデータ分析の結果が合致した瞬間です。

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「缶ビールと紙おむつ」という併買ルールは、現場感のない人(現場から遠い人)からは新たな発見でも、現場にとって日常的に現象の再確認に過ぎません。なぜならば、データは過去に起こったことを記録したものにすぎないからです。その過去に起こったことに接している現場の人にその分析結果をみせれば、「そう! そう!」と言ってもらえます。

ちなみに、この「缶ビールと紙おむつ」の事例ですが、この新たに発見されたルールで収益を拡大したとは、Forbes誌には記載されていません。

「ジョハリの窓」風テーマ選び

データは過去の出来事を記録したものですので、現場に聞くと心当たりのあるケースが多いです。もちろん、現場が気づかなかった何かを、データから得られることもあります。その場合、データ活用への信頼が乏しいと、現場が気づかなかったような新たな気付きをデータから得られても、信じてもらえません。
であれば、データ活用の信頼を得られていない段階では、特に「現場感に合うデータ分析」を大いに心掛けるべきです。このとき、「ジョハリの窓」の概念を活用しテーマ選定すると、非常にいいです。

心理学の世界に「ジョハリの窓」というものがあります。
ヨコ軸に「自己について『自分が知っている』と『自分が知らない』」をとり、タテ軸に「自己について『他人が知っている』と『他人が知らない』」をとることで、次のような4つの窓を作ったものです。

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  • 開放の窓(open self):自分も他人も知っている部分
  • 盲点の窓(blind self):自分は気がついていないものの、他人は知っている部分
  • 秘密の窓(hidden self):自分は知っているが、他人には知られていない部分
  • 未知の窓(unknown self):自分も他人も気づいていない部分

ジョハリの窓は、データ活用を小さくは始めるときの、テーマ選定にも使えます。
例えば、「自己」のところを「ドメイン(活用現場)」、「自分」のところを「現場の人」、「他人」のところを「データ」、として考えると次のようになります。

  • 開放の窓(open self):現場の人もデータも知っている部分
  • 盲点の窓(blind self):現場の人は気がついていないものの、データは知っている部分
  • 秘密の窓(hidden self):現場の人は知っているが、データには知られていない部分
  • 未知の窓(unknown self):現場の人もデータも気づいていない部分

このとき、「データが知っている」とは、「データを集計したり分析をしたりすることで分かる」といった意味合いになります。

では、小さく始めるとき、どの窓を狙えばいいのでしょうか。
「秘密の窓」と「未知の窓」は、データをいくら分析しても分からない窓です。現状のデータサイエンス技術では無理なので、別の窓を狙います。
残りは、「開放の窓」と「盲点の窓」です。「盲点の窓」は、現場が気づいていないことをデータから導き出すため、良さそうに思えます。しかし、データ活用に対し懐疑的もしくは非協力的な場合、データから導き出された結果を信じてもらえません。現場の感覚と違うからです。そのため、先ずデータを活用することに対する信頼を獲得する必要があります。
そうすると、残りの「開放の窓」になります。現場が知っていることを、データで確認するかのような感じになります。

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「開放の窓」に該当するテーマから始めることで、現場からの信頼を得ることができるでしょう。なぜならば、現場の感覚と合致するからです。

しかし、下手をすると「あたりまえだろ!」といわれてしまうかもしれません。そこで、ひと工夫必要になります。現場がなんとなく知っていることを、ズバッと数字で示し、かつ、プラスアルファの情報を提供するのです。

事例 データで離反阻止

某食品企業のBtoB(法人相手)ビジネスです。
飽和した市場を数社で奪い合う状況になっていました。営業活動のメインは、新規開拓というよりも既存顧客の維持拡大で、至上命題は離脱(取引量0)阻止でした。
「営業のデジタル化」の名のもと、営業推進部が主導する形で、営業活動に関するデータの蓄積と活用を実現するIT基盤が強化されました。さらに、社内データだけでなく市場データ(POSデータ)などの外部データも購入され、データドリブンな営業に向けた動きが活発になされました。このような取り組みは、残念ながら営業活動そのものに対し大きなインパクトを与えてはいませんでした。
そこで、先ほど紹介したジョハリの窓を使いテーマを選び小さくはじめました。

ジョハリの窓の「開放の窓」の中から選んだのが、「営業の訪問回数と顧客離脱の関係性に関するテーマ」です。
離脱阻止に訪問回数などが効くであろうことは、当然ながら現場の営業は分かっていました。しかし、どの程度訪問すればいいのかまでは分かっていませんでした。そこをズバッと数字で示せると良さそうです。
最適な訪問回数を数字で示すことで、訪問し過ぎによる過剰な営業工数の発生や、逆に訪問しなさ過ぎによる離脱を、ある程度は避けることができそうです。そこで、訪問回数の閾値、つまり離脱されない程度の適正な訪問回数を、データを使い割り出すことになりました。

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訪問回数の閾値を算出するために、決定木(ディシジョンツリー)を構築しました。詳細は説明しませんが、この手法は非常に単純で、分かりやすいのが特徴です。

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利用しているデータは、「継続・離脱データ」と「訪問回数」、「取引量」の3つだけです。他には、季節性(例:月単位の周期性など)などの時系列性を表現したデータを付け加えています。

営業サイドには、先ほどの決定木(ディシジョンツリー)とともに、次のような追加情報を、担当顧客ごとに毎月作成し提供しました。

  • 現状と閾値とのギャップ(あとどの程度訪問すればいいのか?)
  • 追加訪問回数別の離脱確率
    +0回訪問時(これ以上訪問しない場合)の離脱確率
    +1回訪問時の離脱確率
    +2回訪問時の離脱確率

これらの情報をみて、現場の営業がどうするかを判断し、アクションを取ります。

さいごに

営業生産性と販促効率を高めるセールスアナリティクスは極めて地味な活動です。ホームランバッターではなく、息の長いアベレージヒッターのイメージです。コツコツ地味に続けると、単なるヒットがホームランになることもあります。
今回は、営業マーケティング領域でデータ活用を始めるとき、どうすればいいのかをお話ししました。
データ活用に慣れていない組織などの場合、データ活用に対する信頼はあまりありません。ただ面倒なことが増えるぐらいにしか、思ってもらえません。
そこに、現場感と合わないデータ分析の結果を見せられたら、信頼はさらに下がります。そうなると、データを活用し成果を出すことは夢のまた夢になります。

データ活用は、小さくはじめ大きく波及させるのが鉄則です。小さな成果さえ出せないデータ活用が、大きく成果を出すことはできないでしょう。
では、どうすればいいのか。営業マーケティング領域でデータ活用を小さく始めるとき、「ジョハリの窓」風テーマ選びが最適です。もし最初のテーマ選定で悩んでいましたら、参考にしていただければと思います。

◆高橋威知郎氏とパワー・インタラクティブの出会い
高橋威知郎氏との出会いは、社名でもある「セールスアナリティクス」というキーワードでした。当時、Webサイト中心のコンサルティングを、MAやCRM、BI支援へとコンサルティング領域をシフトする中、私たちのお客様が求めているものは何なのか、わたしたちのお客様のサクセスとは何なのかをうまく言語化できずいました。
その頃、「営業生産性を高める! 『データ分析』の技術」(同文館出版)という著書に出会い、すぐに高橋氏のセミナーに参加し、これだ!と。MAやCRMなどIT化により蓄積される営業関連データを活用し、そのデータを活かす仕組みをつくり、お客様の営業生産性を高めていくお手伝いをすること、これが弊社が次にやるべきことだと大きな気づきをもらいました。ビッグデータという言葉に惑わされない高橋氏の分析に対する考え方や、データ分析・活用のスキルトランスファーに真摯に取り組む姿勢から、多くを学ばせてもらっています。
(株式会社パワー・インタラクティブ 取締役 遠藤美加)


    
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