健康経営における女性特有の健康問題の重要性
5月8日は世界卵巣がんデーでした。毎年この日には世界中で卵巣がんに関する啓発活動が行われています。卵巣がんは、年間に約13,000人の女性が新たに罹患し、約5,000人が命を落とす病気です。この病気は閉経後に発症することが多い一方で、遺伝性の卵巣がんは比較的若い年齢で発症することがあり、全体の17.8%を占めています。
日本の労働人口が減少する中、こうした女性特有の健康問題は企業にとっても見過ごせないテーマとなっています。多様な人材が心身ともに健康に働ける環境を整える「健康経営」の重要性が謳われる中、経営者には戦略的に女性特有の健康問題に取り組むことがより求められています。高品質な健康経営を実現するには、従業員一人ひとりの健康状態を丁寧に理解し、適切な対応を取ることが不可欠です。特に女性特有の健康問題は業務効率や就業継続に大きな影響を与えるため、経営者はこれらを十分に理解し、職場環境を整備する必要があります。
女性特有の4つの健康問題と経済的損失
女性特有の健康問題を考える上で、大きく4つの要因が挙げられます。月経随伴症、更年期障害、婦人科がん、不妊治療です。規模が大きく、短期間で経済的影響が発生しやすい健康問題ともいえます。
これらの女性特有の健康問題による経済損失は、全体で約3.4兆円に上ると推計されていま女性特有の健康課題による社会全体の経済損失(試算結果)す。関連する研究や企業の調査を基に、何らかの症状があるにもかかわらず、適切な対策を取っていない人の数に、欠勤やパフォーマンス低下、離職率などの要素と平均賃金を掛け合わせて出てきた数値です。
月経随伴症で約0.6兆円、更年期症状で1.9兆円、乳がん・子宮がん・卵巣がんの婦人科がんで0.3兆円の経済的損失があるとの推計が出ています。
なお、男性特有の健康問題による経済損失は約1.3兆円と推定されますが、男性の更年期障害に関してはまだ十分に解明されていない部分が多くあります。
いずれにせよ、女性特有の健康問題による経済損失のインパクトの大きさが窺えます。
女性特有 | 男女双方 | 男性特有 | ||||
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経済損失計 | 月経随伴症 | 更年期症状 | 婦人科がん | 不妊治療 | 前立腺がん | 更年期症状 |
経済損失計 | 約0.6兆円 | 1.9兆円 | 0.6兆円 | 0.3兆円 | 0.06兆円 | 1.2兆円 |
うち労働生産性損失総額 | 約5,700億円 | 約17,200億円 | 約5,900億円 | 約2,600億円 | 約530億円 | 約10,900億円 |
欠勤 | 約1,200億円 | 約1,600億円 | 約1,100億円 | 約400億円 | 約110億円 | 約1,100億円 |
パフォーマンス低下 | 約4,500億円 | 約5,600億円 | 約150億円 | 約50億円 | 約10億円 | 約4000億円 |
離職 | 約10,000億円 | 約1,600億円 | 約2,200億円 | 約100億円 | 約5,800億円 | |
休職 | 約3,000億円 | 約300億円 | ||||
うち追加採用活動にかかる費用 | 約1,500億円 | 約500億円 | 約340億円 | 約50億円 | 約1,100億円 |
※各数値の四捨五入により必ずしも合計は総和と一致しない
<出典:ボストン コンサルティング グループ試算(令和5年度ヘルスケア産業基盤高度化推進事業(ヘルスケアサービス市場等に係る調査事業))>
女性特有の健康問題は、これまで述べてきたような経済的損失に加え、治療費や医療関連費用など医療経済面での社会的インパクトもあります。また、女性本人だけでなく、その家族や社会全体にも大きな影響を及ぼします。治療費や医療関連費用の負担だけでなく、仕事を続けることが難しくなると、その結果、家庭の収入が減少することにつながります。
さらに、女性特有の健康問題は精神的な負担も生じます。症状と向き合いながら、治療の副作用や再発の不安などを抱えて生活することになります。家族や友人、職場の精神的サポートが必要となり、全体としてのQOL(生活の質)が低下する可能性もあります。
月経随伴症による労働力の低下
月経随伴症とは、月経前に生じる月経前症候群(PMS)と月経中に生じる月経困難症を合わせた呼び方です。月経(生理)に伴う様々な症状を指します。主な症状としては、腹痛、頭痛、倦怠感、気分の不安定さなどがあります。これらの症状は、多くの女性が経験するもので、その程度は個人によって異なりますが、重症の場合は日常生活や仕事に大きな支障をきたすこともあります。
欠勤による経済的損失は約1,200億円、パフォーマンス低下による経済的損失は約4,500億円と推定され、女性の月経随伴症が経営に与える影響は軽視できないことがわかります。
更年期症状と離職
閉経前後の女性は、ホルモンバランスの乱れによって更年期症状を経験することがあります。更年期症状には、ホットフラッシュ、発汗、動悸、不眠、イライラなどがあり、これらは日常生活や仕事に大きな影響を及ぼします。体調不良が続くことで、仕事のパフォーマンスが低下し、場合によっては職場を離れることを余儀なくされることもあります。
更年期症状における離職では、約1兆もの経済的損失につながるとの試算もされています。
働きざかりである女性の離職は、管理職的立場にあることも多く、会社にとっても大きな損失です。
婦人科がんと離職・休職
婦人科がんは、乳がん、子宮頸がん、子宮体がん、卵巣がんなど女性特有のがんを指します(乳がんは、少数ですが男性にも見られることがあります)。これらのがんは、女性の健康に深刻な影響を及ぼします。早期発見が難しいケースも多く、治療が遅れることがあります。婦人科がんの診断や治療は、患者本人だけでなく、家族や同僚にも精神的な負担をもたらします。これにより、職場でのストレスやモチベーションの低下が見られることがあります。また、高額な医療費も精神的負担の要因となります。さらに、患者本人や家族の経済的負担だけでなく、社会全体の医療費負担を増加させます。
婦人科がんの治療には長期間の休職が必要になるケースも少なくありません。離職による経済的損失は約1,600億円、休職による経済的損失は約3,000億円と試算されています。
不妊治療と適齢期
不妊治療は、子どもを望むカップルが妊娠を実現するための医療行為を指します。治療には、薬物療法、人工授精、体外受精などさまざまな方法があり、長期間にわたることも少なくありません。治療のために頻繁に休暇を取らざるを得ない場合があり、労働生産性の低下につながることもあります。離職による経済的損失は約2,200億円と試算されています。
不妊治療には高額な費用がかかり、治療を受けるカップルにとって大きな経済的負担となります。また、不妊治療は大きな精神的・身体的負担となります。治療のストレスや失敗による精神的ダメージは、生活や仕事に影響を及ぼします。
日本の不妊治療技術は世界トップクラスであるにもかかわらず、他国と比較し治療成績が伸びない背景には、日本の女性がキャリアを優先し、治療開始年齢が遅く、治療適齢期を逃していることがあります。企業には、不妊治療に対する理解が求められています。
まとめ
女性特有の健康問題は、個人だけでなく社会全体に大きな影響を与えます。女性特有の健康問題に対する支援体制を整えることは、企業にとっても重要な課題です。たとえば、代替要員の確保や業務の再調整、フレックスタイムやリモートワークの導入、休職明けの復職支援などが考えられます。
これらの支援を行うことで、離職や休職、欠員による業務の停滞や他のスタッフへの負担増加などの影響を最小限に抑え、企業経営のパフォーマンス向上をもたらします。
さらに、女性の健康問題に対する啓発活動、健康管理に関する教育の充実も重要です。女性の健康問題についての正しい知識を広めることで、早期発見や適切な対応が可能になります。また、職場での理解を深めることで、女性が安心して働ける環境を整えることができます。女性が働きやすい環境を整えることは、企業の多様性とインクルージョンの推進にもつながります。結果的に女性の就業継続率が向上し、企業全体の労働力の安定化を図ることができます。
女性の身体と働き方に対する理解が、健康経営を考える上でも求められています。
<出典:女性特有の健康課題による社会全体の経済損失(試算結果)|経済産業省「経済産業省における女性の健康支援について」2024年3月 p12 >

医療福祉ライター
今村 美都
がん患者・家族向けコミュニティサイト『ライフパレット』編集長を経て、2009年独立。がん・認知症・在宅・人生の最終章の医療などをメインテーマに医療福祉ライターとして活動。日本医学ジャーナリズム協会会員。