はじめに
日本の多くの企業では、4月が新年度のスタートです。新入社員が入社し、新しい体制が整えられるこの時期を経て、5月に入る頃になると、環境の変化や新しい責任に対するストレスから精神的に不調を感じる人が増加します。この現象は「5月病」として知られています。5月病は一時的なものであることが多い一方で、心身に表れている症状を軽く捉えて頑張りすぎてしまうと、深刻なメンタルヘルスの問題に発展する可能性もあります。本記事では、5月病とその予防法、メンタルヘルスの重要性について解説します。
5月病は、正式な医学的診断名ではありません。新年度が始まる4月から1ヶ月ほど経過した5月頃から出現する心身の不調を指します。原因としては、新しい環境や人間関係、仕事に対するストレスやプレッシャーが考えられます。主な症状としては、疲労感、倦怠感、睡眠障害、食欲不振、意欲の低下などが挙げられます。
メンタルヘルスの不調は、個人だけでなく、企業や社会全体に大きな影響を与えます。メンタルヘルスの問題は世界的に見ても増加しており、2023年のWHOの報告によると世界で2億8千万人がうつ病を発症しています。うつ病や不安障害などの精神疾患は労働生産性の低下や経済的な損失を引き起こしています。具体的には、うつ病や不安障害は年間1兆ドル以上の生産性損失をもたらしていると言われています*1。
日本でも同様に、メンタルヘルスの問題による休職や離職が企業の経済的負担となっています。順天堂大学の調査によれば、精神疾患の医療費や社会的サービスによる社会的コストは約4.3兆円、生産性低下や受診・自殺・休業などによる労働力低下による社会的コストは約6.6兆円と推定されています*2。
メンタルヘルスは、肉体的な健康と同様に重要です。WHOは、メンタルヘルスを「人々が人生のストレスに対処し、自身の能力を発揮し、よく学び、よく働き、地域社会に貢献することを可能にする精神的にwell-being(幸福)な状態」と定義しています*3。メンタルヘルスが良好であることは、日常生活の質を高め、仕事におけるパフォーマンスを向上させるだけでなく、対人関係の円滑化や社会活動の積極的な参加にもつながります。
1.セルフマネジメント:
十分な睡眠、バランスの取れた食事、適度な運動は基本的な健康維持に欠かせません。また、自分自身の体調や気分の変化を見逃さないこと、気付けるだけの心身の余裕を持つことが重要です。
2.ストレスの発散:
ストレスをため込まないために、趣味やリラクゼーションの時間を確保することも大切です。音楽を聴いたり、自然の中を散歩したりすることでリフレッシュできます。
3.コミュニケーション:
困ったときやストレスを感じたときは、信頼できる人に話を聞いてもらうこともおすすめです。同僚や家族、友人など、安心安全が確保された状態で、オープンなコミュニケーションを取ることが助けになります。
4.専門家の助けを借りる:
自分だけで対処しきれないと感じた場合は、心理カウンセラーや医師などの専門家に相談することが重要です。厚生労働省『こころの耳』*4などのサイトを利用して、適切な相談窓口を探すこともできます。
厚生労働省が運営する『こころの耳』は、メンタルヘルスに関する情報を提供するポータルサイトです。このサイトでは、ストレスチェックツールやメンタルヘルスに関する知識、相談窓口の情報などが提供されています。新入社員やその上司、同僚にとって、メンタルヘルスについての正しい知識を得ることは、5月病にならないためにも非常に重要です。
企業にも、従業員のメンタルヘルスをサポートすることが求められています。健康経営の一環として、メンタルヘルス対策を強化する企業が増えています。具体的な取り組みとしては、メンタルヘルス研修の実施やストレスチェックの定期的な実施、専門家によるカウンセリングの提供などが挙げられます。
産業保健と人事労務の連携による「相談窓口」を設置。この窓口では従業員のメンタルヘルスに関する幅広い相談を受け付け、必要に応じて専門家と連携して解決を図ります。また、新任管理職へのメンタルヘルス研修や、職場復帰前の上司との面談を必ず実施することで、早期対応と復帰支援を行っています。取り組みの結果、休業期間や就業制限日数の減少を実現しています*5。
健康相談室を設置し、産業医や保健師が個別面談を実施しています。職場復帰支援においては、復職支援マニュアルを作成し、生活記録表を用いて復職可否を判断。復職プランを作成し、復職後6カ月間の業務計画を立て、段階的な負荷調整を実施しています。これらの取り組みにより、復職1年後の出社継続率を54%から92%に改善しました*6。
従業員の心身の健康管理を「コンディションを整えて働く」ことと捉え、健康推進活動を行っています。主な取り組みには、産業医や保健師による健康相談、栄養バランスの取れた社員食堂の提供、デバイスを利用した運動促進があります。また、職場復帰支援プログラムを導入し、段階的な復職プロセスを確立しています。週一回の上司との1対1の面談も実施し、早期対応を図っています*7。
5月病は、多くの人が経験する一時的かつ精神的不調ですが、適切な対処を怠ると深刻なメンタルヘルスの問題に発展する可能性があります。メンタルヘルスを維持するためには、セルフマネジメントやストレス発散、コミュニケーション、専門家の助けを借りることが重要です。また、企業においても従業員のメンタルヘルスをサポートする取り組みが欠かせません。メンタルヘルスの重要性を理解し、積極的にケアを行うことで、従業員個々の健康にとどまらず、企業や社会全体の健全な発展につながります。
5月病、ひいてはメンタルヘルスの問題は、単なる一時的な問題ではなく、継続的に取り組むべき課題です。『こころの耳』など信頼性のある情報源を活用し、メンタルヘルスを守る努力が個人にも会社にも社会にも求められています。
*1:世界保健機構(WHO) HP うつ病
世界保健機構(WHO)職場のメンタルヘルス対策ガイドライン p18
*2:平成22年度障害者総合福祉推進事業(精神疾患の社会的コストの推計)報告書|学校法人順天堂
*3:世界保健機構(WHO)HP メンタルヘルス
*4:厚労省『こころの耳』
*5:厚労省『こころの耳』職場のメンタルヘルス対策の取り組み事例 株式会社ベネッセコーポレーション東京本部
*6:厚労省『こころの耳』職場のメンタルヘルス対策の取り組み事例 中外製薬株式会社
*7:厚労省『こころの耳』職場のメンタルヘルス対策の取り組み事例 ヤフー株式会社
今村 美都
がん患者・家族向けコミュニティサイト『ライフパレット』編集長を経て、2009年独立。がん・認知症・在宅・人生の最終章の医療などをメインテーマに医療福祉ライターとして活動。日本医学ジャーナリズム協会会員。
2024.08.02
2024.06.14
2024.04.08