コラム

製薬マーケティングの未来を拓くマーケティングオートメーション:収益最大化とデジタル変革への道筋

文責:マーケティング・コンサルタント 山下智

MAは単なるメール配信ツールではない

製薬マーケティングマネージャーの皆様、マーケティングオートメーション(以下、MA)は、単なるパーソナライズされたメール配信ツールではありません。その真の価値は、マーケティング活動全体の「収益管理」にあります。MAの登場により、これまでIT部門やCRM管理者に頼っていたKPI計測や優良リードの見極めを、マーケター自身が行うことが可能になりました。MAはSales Force Automation(以下、SFA)と連携して収益管理を行うことを前提としており、単体運用ではその真価を発揮しきれていないのが現状です 。

近年の製薬業界は、MR活動の規制強化と減少、コロナ禍による強制的なデジタルシフト、そしてデータ活用マーケティングの重要性増大という大きな変化に直面しています。これらの変化は、MAを単なる効率化ツールではなく、医師との接点を維持・拡大し、情報提供を継続するための「必須のインフラ」へと位置づけを変えました。

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なぜ今、製薬メーカーはMA活用に取り組むべきなのか?

MAの導入は、顧客エンゲージメントの深化、営業活動の変革、そして最終的な収益向上に直結する戦略的な取り組みです。

医師との新たな接点とパーソナライズされた情報提供

MRによる医師訪問は以前より予約制が浸透し、コロナ禍前のような自由な訪問は難しい現状です。しかし、直接面会の機会は増えており、今後は対面とオンラインを組み合わせた新たなコミュニケーションチャネルの確立が、医師との信頼関係を築く上で喫緊の課題となっています。

MAは、医師の連絡先、専門分野、Web行動履歴(ウェブサイト訪問、メール開封・クリック、Web講演会出席など)を一元管理し、これらのデータに基づいて医師一人ひとりの興味関心度合いをスコアリングします。これにより、ニーズに合った情報を最適なタイミングで自動配信する「One to Oneマーケティング」が可能となり、医師との関係性を深化させ、エンゲージメントを向上させます。

マーケティング・営業活動の効率化と収益貢献

MAは、リードの獲得から育成、そして営業への引き渡しまでの一連のプロセスを効率化し、収益に貢献します。

・リードの効率的な育成と送客
MAのスコアリング機能により、購買意欲の高い「ホットリード」を特定し、優先的に営業部門に引き渡すことで、営業生産性を向上させます。製薬業界においても、MA導入後に9,500人以上の検査技師と良好な関係を構築し、そのうち51%が顧客となった事例や、パーソナライズされた情報発信によりメール開封率が48%に向上し、Web講演会で集客目標を大きく達成、MRからのアポイント獲得にも繋がった事例が報告されており、MAの収益貢献の可能性を示唆しています*︎1。

・SFA/CRM連携による営業力強化
MAとSFA/CRMを連携することで、顧客のWeb行動履歴が営業担当者にリアルタイムで共有され、MRは「勘」ではなく「根拠」に基づいたパーソナライズされた提案が可能になります。Adobe Marketo Engageは、ライフサイエンス業界向けクラウドベースソリューションを提供するVeevaと戦略的パートナーシップを締結し、Adobe Marketo EngageとVeeva CRMを連携することで、マーケティング活動と営業活動の連携を強化しています。これにより、営業活動の属人性を排除し、組織全体の営業生産性を飛躍的に向上させることができます。
その他のSFAや独自開発しているSFAとの連携開発も積極的に行われています。

MA活用における主要なボトルネックとその解決策

MAの真価を最大限に引き出すためには、いくつかの主要なボトルネックを克服する必要があります。

組織・人材の壁

・課題
製薬企業のデジタル&データ活用における最大の課題は、「ツールを使いこなせる人材不足」と「現場の巻き込み・コミュニケーション不足」です。MA導入が単なるITツール導入に留まり、組織文化の変革を伴わない場合、運用が停滞しがちです。

・解決策
-専門人材の育成と役割分担
MAツールを使いこなせる人材を育成し、マーケティング施策の設計者とツール運用者を分けるなど、適切な役割分担を行うことで運用効率を高めます。
-部門横断チームの構築
製品・営業、システム、メディカルなど関連部署を巻き込み、部門横断的な協力体制を構築することが重要です。アステラス製薬の「Brands@Center」のように、部門統合を通じて顧客中心の共通目標を掲げ、組織的な壁を乗り越える事例は有効なアプローチです*︎2。
-BPOなどで運用代行を強化
メールマガジンやweb講演会など定期的にテンプレート運用出来る施策に関しては、外部の専門企業に運用をまかせ、新たな顧客施策やデータマネジメントに注力することも必要になってきています。

1.データ・システムの壁

・課題
多くの製薬企業で情報が部門ごとに分断されている「データサイロ化」が課題であり、既存システム(SFA/CRMなど)との連携不足がMAの真価発揮を妨げています。

・解決策
-データ分析基盤の共通化とガバナンス強化
部門間のデータ共有を強化するため、共通のデータ分析基盤を構築し、データガバナンスを強化することが有効です。
-MA・SFA・CRMのシームレスな連携
API連携などで自動的にデータ同期させることで、顧客情報入力の手間を削減し、各部門が本来注力すべき業務に集中できるようになります。

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2.規制・コンプライアンスの壁

・課題
製薬業界は薬機法による厳格な広告規制があり、虚偽・誇大表現や誤認を誘発する表現は厳しく禁止されています *︎3。2021年8月からの改正薬機法では課徴金制度も導入され、規制遵守の重要性が一層高まりました *︎4。

・解決策
-コンプライアンスを組み込んだMA運用
情報提供ガイドラインに対応したNGワードチェック機能や、担当医師のアクションをMRに通知する機能、医療・製薬業界にマッチしたテンプレート、医師情報などの周辺データとの外部システム連携、MRの入力負担を軽減する使いやすさなど、製薬業界特有のニーズに対応したMAツールを検討し、施策やコンテンツの審査をスムーズに行える運用を検討する必要があります。
-法務部門との密な連携
MA施策の企画段階から法務部門と密接に連携し、薬機法や関連ガイドラインに準拠した情報提供活動を設計することが不可欠です。

3.成果測定とROIの壁

・課題
MA施策がどれだけ収益や処方に貢献しているかを測定しづらいことが大きな課題です。特に処方までを最終成果とすると測定が困難なため、中間指標や先行指標をKPIとしているのが現状です *︎5。

・解決策
-KGI/KPIの明確化とビジネス成果への紐付け
MA導入前にKGI(最終目標)とKPI(中間指標)を具体的な数値で定義し、社内で共有することが不可欠です 。例えば、「薬の処方量を増やす」というKGIに対し、Web講演会出席数やWebサイトにある資材閲覧数などをKPIに設定します *︎6。MAの活動量を評価するKPIとして、キーオピニオンリーダー(KOL)訪問回数、Insight収集数、論文・学会発表数、アドバイザリーボード開催回数などが考えられます。BCGが提唱する「ノーススターKPI」のように、異なる部門間で共通の成功定義を持つ指標を設定することで、組織全体の連携を強化できます *︎7。
-ROI測定フレームワークの導入と継続的な改善サイクル
ROIの基本的な計算式は「利益 ÷ 投資した費用 × 100(%)」です。CRM(顧客関係管理)におけるROIは「(CRMによって増加した売上 – 原価 – CRMの費用)÷ CRMツールの費用」で求められるとされています。MAはキャンペーン効果を追跡し、ROIを定量的に測定できる機能を持っています。マーケティングミックスモデル(MMM)のような手法を用いて、媒体ごとのROIを算出し、予算最適化を図ることも有効です。営業部門からのフィードバックを通じて、顧客の購入意欲を判断するスコアリング精度の検証に役立てるなど、部門間の連携による継続的な改善サイクルを回すことが重要です。

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製薬マーケティングマネージャーが今すぐ取るべき行動

製薬業界におけるMAは、マーケティングの収益管理を担う戦略的な基盤へとその役割を拡大しています。変化する市場環境に対応し、持続的な収益成長を実現するためには、以下の戦略的な取り組みが推奨されます。

1.MAを「収益管理プラットフォーム」として再定義し、全社で共有する。
2.関係部署が横断する組織体制を構築し、現場を巻き込む。
3.統合的なデータ基盤を構築し、データガバナンスを強化する。
4.KGI/KPIを明確化し、継続的なROI測定と改善サイクルを回す。
5.AI技術の積極的な活用を検討する。

これらの取り組みを通じて、製薬メーカーはMAを戦略的に活用し、医師との関係性を深化させ、持続的な収益成長を実現できるでしょう。

もし、貴社がMAの戦略的な導入やデータマネジメントの推進において、専門的な知見や実践的な支援を求めていらっしゃるのであれば、ぜひパワー・インタラクティブにご相談ください。貴社のデジタル変革を力強く後押しし、収益最大化への道を共に切り拓きます。

詳しくは「ヘルスケア企業支援」のページをご覧ください

<引用・参照>
*︎1 メンバーズ.アドビ共同開催「営業効率を加速するMA施策の成功事例」
*︎2 Medinew. アステラス製薬株式会社は、2025年4月1日にメディカルアフェアーズ(MA)部門とコマーシャル部門を統合.
*︎3 MRとMSLの違い、活動実態、関連規制についての調査の状況|厚生労働省
*︎4 薬機法の広告規制とは?違反表現や罰則について解説 | 薬事法ドットコム
*︎5 【製薬業界向け】Marketoで実現できるデジタルマーケティング推進
*︎6 【デジタルマーケティング基礎知識】徹底した「KPI」設定がカギ!マーケティングを成功に導く、正しい「KPI」設定とは?
*︎7 Six Steps to More Effective Marketing Measurement|BCG

山下 智

マーケティングコンサルタント

山下 智

マーケティング戦略策定

Webコーダー/Webデザイナーからキャリアをスタート。その後、Webディレクターとして数多くの企業サイトの企画~設計~制作を手掛ける。
2014年に自社へのMarketo導入の推進をきっかけに、マーケティングオートメーションを専門とするコンサルタントへキャリアチェンジ。
現在は、事業会社のマーケティングDXの支援や、データマネジメントの仕組みや組織体制づくり、人材育成まで、データを活用したマーケティングの幅広い伴走コンサルティングを得意とする。特に、製薬および医療機器メーカーの支援に強みを持つ。
無類のクラフトビール好き。 No Beer! No Life!

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