「AIにミスリードさせない」データ基盤へ。kubellが挑む、792万超ユーザーのデータ利活用

株式会社kubell(旧 Chatwork株式会社)
ビジネスディビジョン データソリューション推進ユニット ユニット長
池田 裕一 氏
国内のビジネスチャット市場を牽引してきたChatwork株式会社は、2024年7月、社名を株式会社kubell(クベル)へと変更しました。この社名変更は、単なるリブランディングにとどまらず、同社がビジネスチャットの会社から、BPaaS(Business Process as a Service)を中心に多様なSaaSサービスを提供する「マルチプロダクト企業」へと大きく舵を切ったことを象徴しています。
同社では、急速な事業多角化を背景に、データの利活用を推進する組織「データソリューション推進ユニット」を立ち上げました。今回は、同組織の立ち上げから現在までを牽引するデータソリューション推進ユニット ユニット長の池田氏に、組織づくりの変遷やマルチプロダクト企業を支えるデータマネジメントの進め方、課題について、詳しくうかがいました。
「働く4.0」とマルチプロダクト戦略への転換
御社は2024年に社名を変更し、事業戦略も大きく転換されました。改めて現在の事業概要と戦略を教えてください。
kubellでは、「働くをもっと楽しく、創造的に」というミッションを掲げ、社内では「働く4.0」という言葉を用いています。原始時代の「食べるために働く」(働く1.0)、戦国時代の「守るために働く」(働く2.0)、資本主義社会の「お金のために働く」(働く3.0)を経て、これからは創造する社会を目指し、「楽しむために働く」(働く4.0)という価値観を広げていく考えです。
私が入社した4年前は、主力サービスである「Chatwork」をいかに伸ばすかという戦略が中心でした。しかし現在、ビジネスチャット市場は成熟し、主要な顧客層はイノベーター層からマジョリティ層へとシフトしています。
多くの中小企業の現場では、「IT担当者が不在」「SaaSを導入しても使いこなせない」という課題が深刻化しています。そこで私たちは、単にツールを売るだけでなく、業務そのものを請け負う「BPaaS」や、最適なツールを選定する「DX相談窓口」といった、課題解決型のソリューションサービスの提供にも力を入れています。
現在は、以下の2つを事業の柱としています。(図表1参照)
1) 中小企業向けビジネスチャットツール「Chatwork」
日本の中小企業を中心に、業種・職種を問わず広く利用されているプラットフォームです。登録ID数は792万を超え、導入社数は95.3万社を突破しています。(*2025年9月末時点)
2) BPaaS(Business Process as a Service)およびDX推進
「BPaaS」は、チャット経由で経理などのバックオフィス業務の相談を受け、その内容に応じて業務を丸ごと引き受けるサービスです。パートナー企業のSaaSと組み合わせることで、IT人材が不足している中小企業の業務プロセスDXを代行・推進します。
図表1:kubell社の事業概要
さらに「DX相談窓口」のサービスも提供しています。DXアドバイザーが中小企業の経営者に連絡し、「業務でお困りごとはありませんか?」とうかがい、課題に応じて最適なツールやサービスを提案する仕組みです。現在はパートナーさまと80商材 (※2025年12月末時点)でアライアンスを組んでおり、弊社は中小企業と各種SaaSベンダーの橋渡し役としても機能しています。
データソリューション推進ユニットの配下には、データ、CRM、BizOps機能を配置
データソリューション推進ユニットの立ち上げから現在に至るまでの組織体制の変遷を教えてください。
ワンプロダクトからマルチプロダクトへの戦略転換に伴い、データソリューション推進ユニットの役割も、「『Chatwork』のデータを分析する」から、「マルチプロダクトを横断したデータ基盤とオペレーションを構築する」役割へと、大きく転換しました。
立ち上げ当初は、私を含めて3名の組織でした。内訳は、データアナリスト1名、Salesforceエンジニア1名、そして私という体制です。当時からマーケティングオートメーション(MA)ツールの連携はされていたものの、個別最適化されていたという状態で、全体最適に向けてはまさに手探りのスタートでした。
そこから徐々にマーケティング領域とデータ領域での連携ニーズが高まり、MAツールの専門家や、Salesforceエンジニア、データアナリストが増えていきました。
さらにビジネスとデータの橋渡しを担う「BizOps推進グループ」を2023年に新設、2024年には「データエンジニアリンググループ」を加え、全社横断でのデータ利活用を推進しています。現在、データソリューション推進ユニットは、総勢15名体制の組織に成長しました。(図表2参照)
一般的には開発本部(エンジニアリング)・経営企画(データ分析)・営業/マーケ推進(CRM/BizOps)のように部門が分断されがちだと思います。kubellでは、最短で事業成果に繋げることを目的として、『データを作る』から『データを使い、成果を出す』までの一連のバリューチェーンを分断させず、戦略的に組織を統合しています。「分析したいデータが基盤にない」「基盤はあるが、現場のツール(Salesforce/Marketo/CCMPなど)と連携されていない」といった不整合が解消される、あるいは起こりづらい設計を意識しています。
その中でも特に特徴的なのが「BizOps」グループの存在です。このグループには、社内で実際にセールスやマーケティングを経験したメンバーが在籍しています。データ組織はどうしても現場感と乖離しがちですが、BizOpsが間に入ることで、「現場の業務フロー」と「データ設計」を矛盾なく繋ぐことができています。彼らがいるからこそ、単なる数値出し屋にならず、オペレーションの設計まで踏み込めるのが強みです。
図表2:データソリューション推進ユニットの構成
ミッションは「競合優位性を築くデータオペレーショナルエクセレンスの実現」
データソリューション推進ユニットのミッションと活動について教えてください。
ユニットのミッションを一言でいうと、「競合優位性を築くためのデータオペレーショナルエクセレンスの実現」です。データは、あるだけでは意味がありません。現場で「使える状態」になって初めて価値になります。そのために、私たちは次の2点に注力しています。
1.全社的データ利活用の推進
社内に散らばっているデータソースをSnowflakeに集約します。 データをただ集めるだけでなく、使いやすい形に加工し、適切に管理することで初めて分析に使えるようになります。これにより、意思決定や施策の振り返りが可能になります。BIダッシュボードでの可視化やレポーティングも実現できます。さらに、そこで生まれた新たなデータがSnowflakeに戻っていき、利活用のサイクルを回し続けることが重要です。
2.kubell流のCRM・オペレーションモデルの設計・構築
トヨタのかんばん方式のように、kubellにとって最適なCRM・オペレーションとは何かを定義し、設計・実装します。私たちが担う大きな役割です。
One to Oneマーケティングを実現するCRMへの挑戦
マルチプロダクト化によって、CRMにはどのような課題と変化が生まれたのでしょうか?
最大の課題は、「1対1」から「N対Nの最適なマッチング」への構造変化への対応です。これまでは、「『Chatwork』ユーザーをいかに有料プランへ誘導するか」という1対1のシンプルな構造でした。しかし現在は、792万人(*2025年9月末時点)を超える顧客基盤に対し、自社・アライアンスを含め80の商材が存在します。
Chatwork事業だけにフォーカスすると、リードを集めてきて、インサイドセールスが架電して商談を作り、フィールドセールスでクロージング、カスタマーサクセスで継続・拡張するのが一連の流れです。
マルチプロダクトになると、「Chatwork」で失注してもBPaaSのニーズを確かめたり、 DXアドバイザーで話を聞いてアライアンスサービスにつないだりできるので、それを実現するためのオペレーションを変えていく必要があります。(図表3参照)
売り方が変われば、支えるオペレーションも、そこに入れるデータも変えなければなりません。「どのチャネル(メール、アプリ内ポップアップ等)で」「どの商材を」「誰に」提案するか。この「N対Nの最適マッチング」を実現するOne to Oneマーケティング基盤 への進化が、ここ2〜3年の私たちの挑戦です。
図表3:データソリューション戦略のコンセプト
Snowflakeに全データを集約するデータ基盤づくり
どのように解決を図っているのですか?
弊社は新規事業の立ち上げスピードや、将来的なM&Aの可能性を考慮し、Salesforceのテナントを事業ごとに分けて運用しています。しかし、これには「顧客情報の分断」というデメリットがあります。
例えば、DXアドバイザーがお客様の課題を聞き出し、BPaaS事業部へトスアップ(送客)した際、Salesforceのテナントが分かれていると、BPaaSの営業担当は、そのお客様が過去にChatwork事業部とどんな商談をしたのか、どんな履歴があるのかが把握できません。その結果、営業効率が落ちるだけでなく、「以前も御社の人に話したのに」といった顧客体験(CX)の悪化を招く恐れがあります。kubellという一つの会社として接しているお客様に対し、内部事情による分断は許されません。
この課題を解決するために、長期的にはSalesforceや、Marketo、MARIGOLD ENGAGE+など、Snowflakeへ集約された全てのデータをもとに、統合された顧客データベースを構築していく予定です。
その前段として、各事業部のSalesforce間のデータ連携を進めています。「Chatwork」を使っているお客様のID管理や、Salesforceに企業名を入力すれば関連する情報が全て見えるようにする仕組みの構築を行っています。
また、デモグラフィックなデータをSalesforceと連携させることで、アプローチ前に、どのお客様にどの商材が刺さりそうか、解像度を高める取り組みも行っています。
マーケティング活動はどのように進めていますか?
データソリューション推進ユニットとは別に、マーケティング部門が事業横断組織として存在します。マーケティング部門の中で事業担当チームが分かれていて、マーケティング実績の数字(リード数やトスアップ数、商談数など)に責任を持っています。データソリューション推進ユニットは、そのための仕組みづくり(アーキテクチャ・オペレーション)を担っています。
| 部門 | 役割 |
|---|---|
| データソリューション 推進ユニット |
施策に必要なデータマートを設計し、MarketoやMARIGOLD ENGAGE+へ連携。マーケティングオペレーションの機能設計と改善提案を行う。 |
| マーケティング部門 | どのようなデータが必要かをデータソリューション推進ユニットと議論しながら、実際の施策を回し、成果を創出する。 |
技術的負債もありますが、裏を返せば改善による伸びしろが大きいフェーズです。マーケティングとエンジニアリングの両輪で、最適なデータ活用環境を設計・推進しています。
今後の課題は「AIにミスリードさせないデータ基盤づくり」
昨今は業務におけるAI活用も進んでいるかと思います。御社での活用状況はいかがですか?
AI活用を全社的にかなり推進しています。Google Workspaceの「Gemini」は全社員が利用可能な環境ですし、データソリューション推進ユニットでは、開発系のメンバーが多いこともあり、AIエディタの「Cursor」をほぼ全員が導入し、SQLやPythonを書くなど開発コーディングの効率を劇的に上げています。
営業現場でも、Zoom Phoneで録音した商談データをAIで文字起こし・要約し、営業メンバーに通知する仕組みをつくりました。営業はその要約文をSalesforceにコピー&ペーストするだけで、商談メモの登録が完了します。
データソリューション推進ユニットとして今後の課題は何ですか?
今後、AIの技術進化は避けられませんし、業務へのAI統合は加速していくでしょう。そこで私が最も危惧しており、かつ注力しなければならないと考えているのが、「AIをミスリードさせないデータ基盤作り」です。
どれだけ高性能なAIがあっても、学習や参照の元となるデータが汚れていれば、AIは間違った答えを導き出します。例えば、「建設業界向けの営業リストを作って」とAIに指示したとします。しかし、データの定義が曖昧だったり、事業部ごとにデータの持ち方がバラバラだったりすると、AIは誤ったリストを生成してしまいます。人間なら「文脈」で補完できる部分も、AIには通用しません。
特に現在、課題視しているのがマーケティングデータの整備です。過去の経緯からキャンペーンIDやUTMパラメータの管理ルールを統一し切れておらず、運用面での負債になっている部分があります。「いつ、誰に、どんな施策を打ったのか」「どの施策からどれくらいの収益が生み出されたのか」というデータが、命名規則の揺らぎによって機械的に判別しづらい状態なのです。
これを放置したままAIに分析させても、正確なインサイトは得られません。だからこそ、地味ではありますが、データマネジメントを徹底し、AIが正しく理解できる「きれいなデータ」を用意してあげること。これが、AIによる自動化や高度なOne to Oneマーケティングを実現するための、私たちの喫緊の課題であり、挑戦です。
プロフィール
池田 裕一 氏
株式会社kubell(旧 Chatwork株式会社)
ビジネスディビジョン データソリューション推進ユニット ユニット長
東京大学大学院を卒業後、富士通に入社。システムエンジニアとして位置情報を活用したサービス開発に従事。その後、リクルートに入社。ビッグデータの専門組織にて、HR領域サービスにおけるデータ施策の開発リーディングや自然言語処理/グラフ理論といった技術開拓を担当。レコメンドシステムやデータに基づく業務支援といったデータソリューション組織のマネージャーを務める。2021年にkubell(当時 Chatwork)に入社。データソリューション推進ユニットのユニット長としてデータ、CRMシステム、BizOps領域を管掌。2015年に副業として起業し、ドキュメントのAI校正・校閲サービスの事業開発に従事。
編集後記
今回の取材では、kubell社における「データソリューション推進ユニット」の進化を、大変興味深くうかがいました。
一般的にデータ組織は「数値を可視化する」役割に収まりがちですが、同ユニットは、マーケティングやセールスのオペレーション設計、さらにはCRMシステムの構築までを一気通貫で担っています。まさに「RevOps(レベニューオペレーション)」としての機能を体現しており、戦略と現場を「データ」というパイプで繋いでいる点に、マルチプロダクト化を加速させる同社の強みを感じました。
また、池田氏から今後の喫緊の課題として挙げられた「AIにミスリードさせないデータ基盤づくり」も非常に印象的です。AI技術の進化が不可避である今、どうしても「AIで何ができるか」という手段に目を奪われがちです。しかし、その根底にあるデータが整っていなければ、AIは精度の高いアウトプットを出せません。地味ではあっても、データの命名規則や定義を徹底的に磨き上げること、その「規律」こそが、将来的にAIを使いこなし、高度なOne to Oneマーケティングを実現するための真の強みになるのだと、改めて気づかされました。
急速に事業構造が変化する中で、その進化を柔軟に支え続けるデータ組織のあり方は、多くの企業にとって大きなヒントになるのではないでしょうか。
インタビュー実施日:2025年11月25日
取締役/執⾏役員
広富 克子
コンテンツマーケティング支援
神⼾⼤学経営学部卒業。住友ビジネスコンサルテイング株式会社⼊社。マーケティングリサーチ・コンサルティング業務を中⼼に活動し、その後AJS(オール⽇本スーパーマーケット協会)にて、プライベートブランドの商品開発・営業に従事。2003年10⽉、株式会社パワー・インタラクティブ⼊社。2006年4⽉、取締役執⾏役員に就任。全社営業戦略を統括する。



