セミナーレポート

データはある。では、どう事業成果につなげるのか――kubell社に学ぶデータマネジメント組織の構築と進化

執筆:奥村 いづみ

「データは蓄積している。分析ツールも導入した。それでも、事業の成果につながっている実感がない」

データ活用に取り組む企業で、こうした悩みは少なくありません。データを集めることと、現場の意思決定や施策に生かすことの間には、大きな隔たりがあるからです。

パワー・インタラクティブでは、株式会社kubell データソリューション推進ユニット長の池田氏を招き、オンラインセミナー「事業貢献するデータマネジメント組織の構築と進化」を開催しました。

国内のビジネスチャット市場を牽引してきたChatwork株式会社は、2024年7月、株式会社kubell(クベル)へと社名を変更しました。現在は「Chatwork」に加え、BPaaSや複数のSaaSを展開するマルチプロダクト企業へと事業を拡大しています。それに伴い、データソリューション推進ユニットの役割も、「Chatworkのデータを分析する」から、「マルチプロダクトを横断したデータ基盤とオペレーションを構築する」へと変化してきました。

セミナーは、第1部の講演と、第2部の参加者からの質問を交えたライブインタビューで構成され、次の2つの問いを軸に進められました。

・問い1:事業貢献するデータ組織の「体制づくり」で、特に重視している点は?
・問い2:今後のAI活用をふまえた「データマネジメント」の重点施策とは?

本稿では、この2つの問いに沿って、データソリューション推進ユニットの体制の進化や、AIを正しく活用するためのデータ整備について紹介します。

データ組織は、なぜ「分析する組織」から変わったのか

まず、セミナーで示された1つ目の問いである、事業貢献するデータ組織の「体制づくり」について見ていきます。

kubell社のデータソリューション推進ユニットが掲げるミッションは、データとオペレーションで競争優位性を継続的に創出することです。

ポイントは、データを分析して終わりではなく、その結果を実際の業務や顧客へのアプローチにつなげることにあります。

Chatworkという一つのプロダクトが中心だった頃は、有料プランへの移行をどのように促すかが大きなテーマでした。しかし現在は、複数のサービスの中から「どの顧客に、何を案内するか」を考えなければなりません。

その判断には顧客の属性だけでなく、利用状況や行動、営業との接点など、さまざまなデータが必要です。さらに、マーケティング、インサイドセールス、各事業部が連携し、適切なタイミングで顧客へ働きかける仕組みも欠かせません。(図表1参照)

(図表1)データソリューション推進ユニットのミッション

事業が複雑になるほど、データソリューション推進ユニットにも分析以外の役割が求められるようになったのです。

データをつくる人と使う人を分断しない

kubell社のデータソリューション推進ユニットは、最初から現在の形だったわけではありません。

2022年は事業部内の一機能としてスタート。2023年には、データやCRMと現場をつなぐBizOpsチームを立ち上げました。さらに2024年には、データエンジニア、アナリスト、CRMエンジニア、BizOpsをCOO直下に集約し、全社横断型の組織へと進化しています。(図表2参照)

(図表2)データソリューション推進ユニットの構成

この過程で大切にしてきたのが、データをつくるところから、成果を出すところまでを分断しないという考え方です。

たとえば、データ基盤は開発部門、分析は経営企画、CRMの運用はマーケティング部門と分かれていると、「分析したいデータが基盤にない」「結果は出たが現場で使えない」といったことが起こりがちです。

kubell社では、データ基盤の開発、分析、CRM、現場への実装までを一つの組織で担っています。池田氏は、この流れを「データのバリューチェーン」と表現しました。

データを用意するだけではなく、誰がどのように使い、どんな行動につなげるのかまで考える。これが、事業貢献するデータ組織の土台となっています。

現場とデータ・CRMの専門人材をつなぐBizOpsという存在

では、データの専門家だけで現場の課題を正しく捉えられるのでしょうか。

ここで重要になるのがBizOpsです。池田氏は、その役割を「ビジネスシステムにおけるプロダクトマネージャーのような存在」と説明しました。

営業やマーケティングの現場からは、「この項目を追加してほしい」「このデータを見られるようにしたい」といった要望が寄せられます。しかし、言われた通りに改修するだけでは、根本的な課題を解決できるとは限りません。

BizOpsは、現場が本当に困っていることを整理し、データやシステムの要件へ翻訳します。そのうえで、アナリストやCRMエンジニアと連携し、改善を実装します。

また、依頼を待つだけでなく、自らデータを確認し、事業部へ改善を提案することもあります。現場の言葉とデータの専門用語を行き来しながら両者をつなぐ。BizOpsがいることで、データ活用が「依頼された分析」から「継続的な業務改善」へ変わっていきます。

AI時代には、データを扱うスキルだけでなく、事業課題を見極める「課題発見・定義力」、分析結果を現場の施策へつなぐ「データ翻訳・実装力」、職種や部門を越えて連携する「越境・共創力」も重要になります。池田氏は、この3点を「データだけを扱える人材」から脱却するためのスタンスとして挙げました。(図表3参照)

(図表3)「データだけを扱える人材」から脱却する3つのスタンス

AIに正しく答えてもらうためのデータ整備

続いて取り上げるのは、セミナーで示された2つ目の問いである、今後のAI活用をふまえたデータマネジメントの重点施策です。池田氏は、AIを高性能な演算装置と表現しました。どれほど性能が高くても、入力するデータや前提が曖昧であれば、正しい答えは得られません。

たとえば、AIに「今月の売上を教えて」と質問したとします。人であれば、返品やキャンセルを除くのか、税込みか税抜きかといった社内ルールを暗黙のうちに補えます。しかし、AIはそのルールを知らなければ、質問した人や参照データによって異なる答えを出す可能性があります。

そこで必要になるのが、セマンティックレイヤーです。(図表4参照)

(図表4)セマンティックレイヤーの解説

難しそうな言葉ですが、簡単にいえば「社内で使う数字や言葉の意味を共通化し、AIにも理解できる形にする仕組み」です。実際、kubell社でも以前は「今月のリード数」を尋ねた際、マーケティング部門とインサイドセールス部門で異なる数字が出ることがあったといいます。

KPIの定義や集計ルールを共通化し、AIが参照できるようにする。そうすることで、誰が質問しても、同じ前提に基づいた回答を得られます。AIを広く使えるようにする「民主化」と、回答のばらつきを防ぐ「ガバナンス」は、同時に進める必要があります。

AI活用の出発点は、ツール導入ではなく、目的とKPIの明確化

第2部のライブインタビューでは、参加者からの質問に回答しながら進行しました。多くの質問が寄せられる中、「AIによるターゲティングや配信自動化を進める際、何から整備すべきか」という質問がありました。

池田氏が最初に挙げたのは、ID統合やツール導入ではなく、解決したい課題とKPIの定義です。ターゲティングも自動化も、あくまで手段です。まず課題を明確にし、どの状態になれば解決したといえるのかをKPIで定める。その後に、必要なデータやID統合、MAとSFAの連携方法を考える。この順番を崩さないことが重要です。

また、「AI活用に、MAとSFAの連携は必須でしょうか」という質問も寄せられました。

池田氏は、施策とリードを正しく紐づけるためのガードレールとして、基本的には連携が必要との考えを示しました。手作業による運用は、組織や戦略が変わった際に修正が難しくなります。将来的な運用のしやすさを考えても、仕組みとして連動させることが望ましいと言えます。

さらに、「AIと人とのすみ分けをどうするか」という問いに対して、池田氏は「人がお客様と向き合う時間をどれだけ増やせるか」という視点を示しました。集計や分析、業務の効率化をAIに任せることで、人は顧客と話し、顧客について考える時間を増やせます。

データ組織やAI活用の目的は、データやAIそのものを高度化することではなく、事業の課題を解決し、顧客への提供価値を高めることであることが、改めて共有されました。

おわりに

kubell社の取り組みから見えてきたのは、データを事業成果につなげるためには、最新のツールや高度な分析環境を導入するだけでは十分ではないということです。事業の目的とKPIを明確にし、部門を越えて共通のデータ定義を整え、現場のアクションまで一貫して設計する。こうした組織とオペレーションの両面がそろって初めて、データは事業を動かす力になります。

また、AI活用を進めるうえでも、まず必要なのは「AIで何ができるか」から考えることではありません。解決したい事業課題を定め、AIが正しく判断できるデータと仕組みを整えることが出発点となります。その先に、人が顧客と向き合う時間を増やし、より良い顧客体験を生み出すという、データ活用本来の目的があります。

パワー・インタラクティブでは、マーケティング戦略の設計から、MA・CRMを中心としたデータ基盤の整備、部門を横断するオペレーションの構築、データ分析・AI活用に向けた環境整備までを一貫して支援しています。データを蓄積するだけで終わらせず、現場の意思決定や施策、そして事業成果へとつなげていくための仕組みづくりを、お客様とともに進めていきます。

奥村 いづみ

マーケティングコンサルタント

奥村 いづみ

Braze活用支援

東南アジアやヨーロッパでの海外就労経験を持ち、前職ではtoC向けのWebサイト運用、コンテンツ作成、メールマーケティングの実務に広く従事。特にカスタマーエンゲージメントプラットフォーム「Braze」を実際のオペレーションで使用していた現場経験を持つ。現在はこれまでの実務経験を活かし、お客様と同じ運用者目線に立ったMA活用や運用定着のサポートに注力している。

TOP