夕張メロンというと、北海道の夕張市から生まれた有名な高級ブランドメロンで、高価なものは1玉1万円以上します。
ブランド果物の先駆けである夕張メロン。その厳格な品質管理でも知られています。
本コラムでは、6月に北海道を訪れた際の現地レポートとともに、近年盛んになっている「果物ブランディング」について考察します。
また、夕張メロンがどのようにして高級ブランド果物としての地位を築いたのか、その歴史とともに紐解きます。
6月中旬に札幌を訪れました。札幌市から夕張市は電車で3時間ほどの距離にあります。
6月はすでにメロンのシーズンに入っているだろうから、北海道で一番大きな都市である札幌には、夕張メロンも豊富に流通しており、本州よりも安く手軽に食べられることを期待していました。
実際のところ、夕張メロンは北海道においてもブランド果物であることに変わりはないので、「手軽に」食べられる訳ではありません。
ただ、北海道はメロンの他品種の栽培も盛んな土地なので、街中に流通しているメロンの量は多いように思います。街のあちこちでメロンやメロン関連商品を見かけるから、一層そのように感じるのかもしれません。
札幌市内中心部のスーパーにおいて、店頭に並ぶメロンの量を調べてみました。
おおよそのスーパーにはメロンの取り扱いはあり、売り場面積は広めに取られています。並んでいるメロンの個数も数玉ではなく、10〜20個程度と多く、複数種類が入荷されていました。
6月中旬は、メロンの流通が積極的に始まる時期。メロン栽培が盛んな土地ならではといった様子です。ただ、すべてが北海道産ではなく、メロンの有数の産地である茨城産なども含まれています。
夕張メロンはというと、果物コーナーというよりは贈答品コーナーに1〜2玉置かれている程度で、主にお中元のギフト案内のための展示というポジションでした。
お中元のパンフレットには「北海道メロンギフト」といったものもあり、メロンにスポットが当たっている印象を受けました。北海道産のメロンというと、「富良野メロン」や「らいでんメロン」なども知名度が高いのではないでしょうか。
百貨店の果物コーナーには、もちろん夕張メロンがありました。その他、北海道産メロンの品揃えは多いようです。
ただし、本州のデパートの贈答品果物コーナーにも有名高級ブランドメロンの取り扱いはあるので、北海道のデパートならでは、というイメージは持ちませんでした。
夕張メロンは高級ブランド果物として認知されているので、夕張メロンそのものも、お土産ショップや市場で、大きな旗のもとに陳列されています。
また、メロンそのものだけでなく、メロンゼリーやメロンケーキなど、観光客が手軽に購入できる加工品も豊富に用意されています。
そのほか、北海道の名産ソフトクリームに夕張メロン味が当たり前にあるところも土地の文化を感じました。
夕張メロンは北海道の有名高級ブランド果物として認知されているので、メロンそのものやお土産物として大きく取り扱われていました。
夕張メロンは地域のイメージアップや経済活性化につながっています。
近年、果物のブランド化は加速しています。
夕張メロンのほか、最近だとあまおうに続き、いちごの銘柄はどんどん増えていますし、シャインマスカットのような大ヒット果物も出ています。
農作物は、ブランド化することで消費者を引き寄せることができます。
ブランド化すると高価格で販売可能となり、収益性が安定します。これは、生産者にとって大きなメリットです。
もともと果物は、贈答品として重要な役割を果たしており、高級ブランド果物は贈答品市場で人気の品目です。
ブランド化により他の商品との差別化をはかり、付加価値を創出する手段となっています。
また、日本の果物を海外市場に展開する動きが活発化していることもあり、ブランドにしておくと宣伝販売がしやすいという側面もあります。
日本の果物が高品質であることは海外でも知られており、特にアジア諸国での需要は高まっています。
例えば、夕張メロンを含む北海道産メロンも、主にアジア市場への輸出が増加しています*1。
夕張メロンが誕生し、有名になった過程(後述します)においては、まだ「ブランディング」という概念は一般的ではなかったかもしれません。結果的には、夕張メロンは抜群の知名度を誇る果物ブランドとなり、果物ブランディング、また、地域ブランディングの成功例として挙げることができます。
夕張メロンの成功の一つの要因は、農業ブランドと地域ブランドの相乗効果です。
農業ブランドと言うと、例えば、米のブランドであるコシヒカリのように品種そのものがブランドになっているものも存在します。一方で、松坂牛や下仁田ネギといったものは、農作物名だけでは一般名詞なので、地名がセットになって初めてブランドとして成立します。このようなブランドは、地域ブランドとして意味をもつものとなります*2。
地名が農作物と紐づきブランド化すると、農作物の販促に有利になるだけでなく、地域ブランドとして地域活性に貢献することができます。
夕張メロンは地域ブランドの代表格です。
夕張メロンも地名とメロンがセットになってブランド化したことにより、「夕張」という地名がメロンの高級ブランドとして全国に知られるようになりました。
同時に、メロンのブランド化が地域の経済再生に貢献しました。
夕張メロンは、1977年には最初の商標登録をしており、ブランド果物の先駆けでもあります*3。取得した商標の数はメロンに貼られているシールの画像などを含む150件にものぼり、ブランドの保護に努めてきました*4。
そして、地域ブランドの代表格として、夕張メロンは、2015年に地理的表示(GI)保護制度に、第1号として登録しています*5。
GI保護制度とは、名称の不正利用などに対して、地域の知的財産を保護するものであり、つまり産地と産品が結びついていることを国が保証する制度です*6。
日本だけではなく、EUをはじめ世界各国でもGIを保護する制度は導入されています。
GI登録は、地域とブランドの結びつきが強いことをより一層明確にするものであり、夕張メロンは地域ブランドとして今後も維持・発展していくことが期待されます。
夕張メロンは、商標登録などの国からの認可を戦略的に取得し、ブランドの維持に努めてきました。しかしながら、夕張メロンのブランド価値を支えている最も重要な要素は、厳格な品質管理と一貫性にあります。
夕張メロン生産者や関係事業者は60年以上にわたって、固有品種の選択、規格基準の厳密化とその遵守体制の構築、生産方式の改良、品種特性にマッチした販売方法の選択などに持続的に取り組んできました。
特に、JA夕張市に集荷されたメロンは厳しい品質検査を受け、合格したもののみが「夕張メロン」のラベルを付けて出荷されるという厳格な品質管理システムは、高級ブランドとしての評価を確立し維持する上で重要な役割を果たしています。
ブランド果物は、贈答品としてよく利用されるため、価格も高額です。
品質を落としてしまうと、信用をなくすこととなり、現在の販路や価格を維持することが難しくなってしまいます。
夕張メロンは、徹底されたブランド・マネジメントにより、その価値を維持しています。
現在、夕張メロンは、北海道夕張市を生産地とする高級ブランドメロンとしてよく知られています。
それでは、どのようにして今日のような有名ブランド果物となったのでしょうか。
実は、夕張メロン誕生までには、数々の苦労がありました。
夕張メロンの起源は1960年代に遡ります。夕張市は炭鉱の町として栄えていましたが、火山灰質の大地や山間地であることなどから、農業には恵まれない土地でした。夕張の農業を良くしようと試行錯誤される中で注目されたのが、「スパイシー」と呼ばれるメロン栽培です。当初の見た目はメロンと言うよりウリに近く、甘みのない赤色の果肉は、メロンといえば青い果肉が主流だった時代に勝機などないように思えましたが、品種改良により甘くすれば、夕張の特産品になれるのではないかと考えられました。
たくさんの苦労を乗り越え交配実験が行われ、現在の夕張メロンの品種「夕張キング」が誕生しました。この品種は、芳醇な香り、ジューシーで柔らかいオレンジ色の果肉、そして高い糖度を特徴としています。
ところが、品種が誕生したあとも順風満帆とはいきませんでした。
1960年代、メロンといえば青肉が主流で、高級ブランドメロンとしては静岡のマスクメロンが有名でした。赤肉メロンは当初、「カボチャメロン」と笑われ、付けられた価格は静岡産青肉メロンの半値以下。しかし、品質の自信とマーケティング努力により、状況を打開し、高級ギフトとして扱われるようになります。成功の要因としては、プロ野球のホームラン賞としての採用や、1979年の日本初の産地直送サービスの開始などが挙げられます。
夕張メロンは、数々の困難を経て、次第に美味しいメロンとして知られていきました。
夕張メロンが、高級ブランドメロンとしての地位を確立し、今日まで保っているのは、その厳格な品質管理が大きな理由です。
生産時には湿度や温度管理が徹底され、メロンひとつひとつが手作業で丁寧に育てられています。
収穫されたメロンは、「特秀」「秀」「優」「良」にランク分けされ、それぞれ重量や糖度に基準があります。夕張メロンはネット(メロンの網目)のある品種ですが、このネットの密度もランク分けの基準になっています。ネットの密度が多い方がランクが高く、例えば「特秀」は、密度が90%以上ないといけません。
ランク分けは厳格で、わずかでも規格外のものは除外、少しでもおかしいと思ったら出荷しないなど、品質管理は徹底されています。
規格外の可能性のあるメロンは、実際に切って果肉の状態や糖度を確かめることもあります。
切ったメロンは出荷できないので、品質に問題がない場合はジュースなどの加工品として使用されます。
歴史の長い夕張メロンですが、デジタルを利用した新しいPRも実施されており、注目されています。
2024年4月27日、夕張メロンの魅力を広めることを目指し、夕張メロンメタバースが開設されました*9。夕張メロンの“テーマパーク”を想定してつくられており、360度夕張メロンを設置した仮想空間となっています。仮想空間では、自分のアバターを作成し、会話などで交流が図れるほか、ミニゲームも楽しめます*10。
また、夕張メロンメタバース内では、夕張メロンNFTが展開されています。
夕張メロンNFTは、全国のJAで初のNFT活用として2023年度に開始されました*11。
2024年の夕張メロンNFTは、JA夕張市公認の「デジタルアンバサダー」になれる会員証NFTを発行するプログラムで、「デジタルアート」「夕張メロン1玉を受け取れる権利」「夕張メロンメタバース上で実施されるミツバチミッションに参加できる権利」が含まれています*12。
“若い”視点のPRといえば、夕張市出身の人気声優とコラボした限定グッズの販売もおこなわれています。夕張に足を運んで欲しいという理由で、グッズは道の駅夕張メロードのみで販売されています*13。
地域を代表するブランドとなった夕張メロン。生産者や関係事業者、行政が一丸となってPRを行っています。現在も、歩みを止めることなく、新しい試みを続けています。
夕張メロンという名称を使用できるのは、夕張市内で栽培された夕張キングという品種のメロンに限られます*14。生産地や時期が限定的であり、その希少性もブランド構築の一端を担っています。
日本有数のブランド果物である一方で、夕張メロン農家は高齢化も進んでおり、生産体制への課題も出ています。
夕張メロンの農家数及び従事者数、および作付面積は2006年〜2016年の10年間で約2割減少しています*15。その後も減少の一途をたどり、ピーク時は216戸あった農家数も2022年末までに96戸までに減少しました*16。夕張市では住民の高齢化が進んでおり、他の多くの農産業と同様に、生産者の高齢化という課題に直面しています。また、エゾシカなどによる鳥獣被害額は著しく増加しており、対策の強化が推進されています*17。
そのような理由から、夕張メロンの生産量は、減少しています。
夕張メロンは、夕張市の重要産業です。地域農業を支える品目の生産体制の強化が必要とされています。
夕張メロンは、通常6月〜7月ごろに出荷されます。熟すスピードが早い品種なので、収穫から食べごろまでは3〜4日。検査や発送は速やかに行われます。
生産量は減少傾向にありますが、2024年現在は、ネットショップや全国のデパートなどで誰でも購入することができます。夕張市内には直売店もあります。また、JA夕張市の敷地内には、30分間食べ放題の店舗も期間限定でオープンしています*18。
市場価格は、夕張メロンのランクにより変わります。
「特秀」「秀」「優」「良」のランクがあり、特秀だと1玉1万円以上、良だと1玉2000円程度で購入できます*19。
ちなみに「特秀」は、全出荷量の0.2%しかなく*20、このランクに育て上げるのは至難の技です。
2024年は、5月24日に夕張メロンの初競りが行われ、2玉300万円で落札されました*21。落札したのは夕張市の会社。初競りは全国ニュースで取り上げられるなど、話題性があります。高額で落札されることでブランド性を維持することにもなり、地域産業のPRにもなっています。
夕張メロンというブランドは、たゆまぬ努力により今日まで維持されています。
60年以上にわたって、地域の特産となりうる素材の発掘から始まり、品種改良、品質維持、マーケティング努力により、今日まで高級ブランド果物として人気を保っています。
有名ブランドは一夜にして築かれるものではありません。
長い時間をかけて構築されることや、生産者や事業関係者を含む多くの人々が一丸となって各自の役割を果たすことによって価値を維持できるという点は、農作物だけでなく、様々な商品やサービスのブランドにも当てはまることではないでしょうか。
近年のデジタル時代では、比較的短期間で高い知名度を獲得するブランドも出てきていますが、歴史あるブランドは、長い年月をかけて築き上げた信頼性、豊富なストーリーなどにより、深みを持っています。
札幌で、カット販売された夕張メロンを食べました。北海道で夕張メロンを食べているというシチュエーションが、より一層メロンを甘く感じさせました。代表的な「赤肉メロン」。オレンジ色の果肉と、エメラルドグリーンの皮。やはりメロンは、普段はあまり食べない特別感のある果物です。
日本人の果物の摂取量は減少しているそうです。大きな理由のひとつは値段がとにかく「高い」こと。果物はビタミンを多く含み、健康のためにも摂取が推奨されていますが、野菜ほどに「食べなさい」と言われないのではないでしょうか。
日本人にとって果物はデザートであり、嗜好品と捉えられる側面が多いように思います。果物のブランド化が進むことにより、その傾向はより強くなるかもしれません。
物価の上昇も手伝って、ますます果物離れが進みそうですが、それはさておき果物は今日も美味しいです。
<出典>
*1:特集 メロンの輸出|函館税関調査統計課
*2:参考:農業ブランドはこうして創る|後久 博著 P12~P13
*3:夕張メロンあれこれ | 夕張市農業協同組合
*4、*5:夕張メロンGI登録 | 夕張市農業協同組合
*6:地理的表示保護制度(GI制度)について|独立行政法人 農畜産業振興機構
*7:参考:夕張メロン誕生物語 JA夕張市ネットショップ
*8:参考:
夕張メロンのおいしさと信頼を守る仕組み JA夕張市ネットショップ
特定農林水産物登録簿 農林水産省
*9、*10 、*12:【夕張メロンNFT2024】JA夕張市が夕張メロンのテーマパーク「夕張メロンメタバース」を本日グランドオープン
*11 MeTownとJA夕張市、夕張メロンを「NFTアート」で贈れる新しいソーシャルギフトの特別販売を、7月20日より3日間限定で開催!
*13:石黒千尋✕結月ゆかり✕JA夕張市 夕張メロン食べにくるっしょ! | 夕張市農業協同組合
*14 :特定農林水産物等登録簿|農林水産省
*15:北海道のホームページ 夕張メロン産地再興戦略
*16:夕張メロン ファン拡大へ戦略は「食の王国 売れる極意」6月10日放送
*17:第14次 夕張市農業振興計画の概要 P2、P5
*18:令和6年度 夕張メロン食べ放題情報- 夕張市観光サイト - メロンのまち 北海道夕張市ホームページ
*19:夕張メロンのことなら・JA夕張ギフトセンター
*20: JA夕張ギフトセンター |夕張メロン 特秀品2玉セット(木箱入)
*21:UHB 北海道文化放送 | "最高級品質"の夕張メロン 初競りは2玉300万円で落札 3年連続で夕張市の会社が競り落とす「ブランドを維持するためには絶対必要」 北海道札幌市
マーケティングコンサルタント
佐野 陽子
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