コラム

BtoB Go-To-Marketo(GTM)戦略:製品・事業・全社レベルのアプローチとその選択

株式会社パワー・インタラクティブ
取締役 遠藤 美加

今日の競争が激化するBtoB市場において、Go-to-Market(GTM)戦略は、製品やサービスを市場に投入し、成功を収めるための羅針盤として極めて重要な位置を占めています 。しかし、GTM戦略は単一の計画として捉えられるべきではありません。BtoB企業においては、その事業特性と複雑性から、製品レベル、事業ユニット(ポートフォリオ)レベル、そして全社レベルという三つの異なる階層でGTM戦略が並行して設計・運用されることが主流となっています。

本稿では、これら各階層のGTM戦略が持つ独自の目的、メリット、そして潜在的な課題を深く掘り下げ、貴社が持続的な成長を実現するための最適なGTM戦略の選択と連携について考察します。

製品レベルのGTM戦略:スピードと個別最適化の追求

製品レベルのGTM戦略は、個別の製品やサービスが持つ固有の価値提案に焦点を当てます 。新製品のローンチや既存製品の市場拡大を迅速に成功させることを主目的とし 、市場への高速な適応と短期的な成果の測定に強みを発揮します。

主な焦点: 個別製品/サービス固有の価値提案
主な目的: 新製品ローンチや既存製品の市場拡大を迅速に成功させる
特徴的な活動:
・ペルソナ定義とバリュープロポジション策定
・検証済みメッセージを営業へ落とし込む(デモスクリプト、FAQなど)
・チャネル最適化(直販・パートナー・オンライン試用等)
メリット:
・高速な市場適応
・短期成果が測定しやすい
・チーム責任が明確でPDCAサイクルを回しやすい
デメリット:
・製品サイロ化を招きやすく、他製品との一貫性が失われる懸念
事例:医療機関向けにAIを活用した診療報告書作成支援ツールを展開する企業が、主なターゲットを病院の事務長に設定し、「年間1,200時間の業務削減」という具体的な効果を提示。医師会主催セミナーや学会との共催イベントを通じて信頼性を担保しつつ、無料トライアルと初年度価格の優遇キャンペーンを組み合わせることで、保守的な医療業界への浸透を図ったGTMの一例です。

事業ユニット(ポートフォリオ)レベルのGTM戦略:統合価値による市場ポジショニング

事業ユニットレベルのGTM戦略は、相互補完的な複数の製品やサービスを組み合わせ、統合された価値提案を市場に提供することを目指します 。クロスセルやアップセルを促進し、特定の市場セグメントにおける包括的なポジショニングを確立することが主な目的となります。

主な焦点: 相互補完的な複数製品を束ねた統合価値提案
主な目的: クロスセル/アップセルを促進し、市場セグメントでの包括的ポジショニングを確立
特徴的な活動:
・統合ソリューションの価値定義とパッケージング
・共通ターゲットセグメントに向けた包括的なマーケティングキャンペーンの実施
・クロスセル/アップセル機会を特定し、営業プロセスに組み込む
メリット:
・「ホールプロダクト」提供による顧客価値の最大化
・マーケティング投資の重複削減とメッセージ統一
デメリット:
・部門間調整コストが増大しやすい
・平均化した戦略になり、個別製品の個性が薄れる恐れ
事例: クラウド基盤、IoTプラットフォーム、解析ツールを一体化し、「スマート工場ソリューション」として製造業に提案するケースが挙げられます。これは、個別製品の機能訴求に留まらず、「工場全体の生産性向上」という顧客の包括的な課題解決に焦点を当てた、事業ユニットレベルのGTM戦略の典型です。

全社レベルのGTM戦略:企業ビジョンとブランドの一貫性

全社レベルのGTM戦略は、企業全体のビジョンとブランドを横断的に市場に体現するアプローチです 。規模の経済を追求し、顧客体験の一貫性を確保することで、中長期的な企業成長を牽引することを目的とします 。

主な焦点: 企業ビジョンとブランドを横串で体現する市場アプローチ
主な目的: 規模の経済と一貫した顧客体験を両立し、中長期成長を牽引
特徴的な活動:
・全社的なブランドメッセージと顧客体験の一貫性確保
・共通の営業組織体制や販売戦略の標準化と導入
・企業全体のデジタル戦略やデータ活用基盤の構築
メリット:
・全社リソースの最適配分・コスト効率向上
・顧客接点の統一によりブランド信頼を強化
デメリット:
・多様な市場ニーズに画一的戦略では対応しきれない可能性
・トップダウン色が強くなると現場の機動力が低下する
事例: Dell Technologiesが営業組織を一本化し、「ソリューション・セリング」を全社標準に据えることで、顧客がDellと取引しやすい体制へ転換した事例は、全社レベルのGTM戦略が顧客体験の統一と企業成長に貢献する好例です 。

Dellの全社レベルのGTM戦略をもっと詳しく知りたい方は、こちらのコラムも合わせてお読みください。
【ケーススタディ】Dell TechnologiesのAI駆動型Go-To-Market変革

実行単位の選択:貴社に最適なGTMレベルを見極める判断フレーム

では、貴社はどのGTMレベルを主戦場とすべきでしょうか。以下の判断フレームは、典型的なシナリオとそれに適したGTMレベルを示しています

典型シナリオ 適したGTMレベル 補足
新製品・新機能の市場投入 製品レベル 市場とのフィット検証を迅速に回す
既存製品で新セグメント開拓 製品レベル ローカライズや新チャネル開発に集中
複数製品を組み合わせた新ソリューション 事業ユニットレベル 統合価値で差別化
M&A後のブランド統合・事業再編 全社レベル 全社的な方向性を再提示
業界構造変化への全社対応 全社+下位レベルの組み合わせ “傘”の下で各ユニットが微調整

メリット・デメリット早見リスト

・機動力重視なら 製品レベル
・クロスセルを拡大したいなら 事業ユニットレベル
・ブランド一貫性と規模メリットを追求するなら 全社レベル

大企業においては、「全社方針 + 事業ユニット戦略 + 製品戦術」という三層ハイブリッドのアプローチが広く採用されており、各階層が有機的に連携することで、複雑な市場環境においても柔軟かつ強力なGTMを実現しています。例えば、Microsoftは、OSやOfficeといった個別製品のGTM戦略に加え、クラウドプラットフォームのAzureを中核とする事業ユニット戦略、さらに「デジタル・トランスフォーメーションの実現」という全社ビジョンに基づく包括的な顧客アプローチを展開しています。また、Siemensも、医療機器、産業オートメーション、スマートインフラなど多岐にわたる事業ユニットそれぞれでGTM戦略を持つ一方で、それらを「インダストリアルIoT」という全社的な枠組みで統合し、シナジーを創出しています。

持続的優位を築くためのGTM戦略の連動

GTM戦略は、階層が上がるほど視野が広がり、下がるほどスピードと具体性が増します。
貴社の成長フェーズ、市場環境、組織規模を深く分析し、「どのレベルを主戦場にするか」「三層をどう連動させるか」を戦略的に意思決定することが、BtoB企業が持続的な競争優位を築く鍵となります。

最適なGTM戦略は常に変化しうるものであり、市場や自社の状況に応じて柔軟に見直し、進化させていく必要があります。本ガイドが、貴社の状況に合わせた戦略策定、そしてビジネスの次なるステージへの飛躍の一助となれば幸いです。

GTM戦略の策定と実行は、BtoB企業がこれからの成長を目指すうえで、検討すべき大切なテーマのひとつです。パワー・インタラクティブでは、貴社のビジネスモデルや市場の状況に合わせて、無理のないかたちで実行可能なGTM戦略を一緒に考え、ご支援する「GTMアクセラレートコンサルティング」をご用意しています。GTMの取り組みについてお悩みやお考えがありましたら、お気軽にご相談ください。

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遠藤 美加

取締役/常務執⾏役員

遠藤 美加

マーケティング戦略策定

関⻄学院⼤学経済学部卒業。住友ビジネスコンサルティング株式会社⼊社。マーケティング分野のリサーチおよびコンサルティング業務を経て、⽴命館⼤学(学校法⼈)に転じ、⼤学の⻑期経営計画づくりや産学連携事業を担当。その後、⼤阪市のソフト産業プラザにてベンチャーコーディネーター業務に従事。2000年4⽉、パワー・インタラクティブ⼊社。同年6⽉取締役、2003年常務執⾏役員に就任。全社の事業戦略を統括する。

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