事業戦略の解像度を高め、BtoBマーケティングを収益に変える
『ザ・マーケティング・イシュー』出版記念特別講演会

書籍『ザ・マーケティングイシュー』の出版を記念し、株式会社Nexal 代表取締役の上島千鶴氏をお招きして、特別講演会と懇親会をオフラインで開催しました。今回は、事業責任者、マーケティング責任者の方限定の招待制としています。
台風の接近に伴い、前日から「明日は在宅で」という指示が出ていた会社も少なくなかったと思います。そうした環境下でも、申込み者のほとんどの方が会場に集まってくださいました。
第1部は、上島氏による特別講演とQ&A中心のインタビューを実施。これからのマーケティング組織やAI時代の体制づくりについて、書籍には詳しく書けなかった踏み込んだ内容まで解説いただきました。休憩時間には書籍のサイン会、第2部は立食形式の懇親会で、上島氏ならびに参加者同士の親交を深めました。
本稿では、講演とQ&Aの内容を中心に、BtoBマーケティングを収益に変えていくために、いかに事業戦略の解像度を高めていくのか、エッセンスを凝縮してお届けします。
ゲスト
【ゲスト】
株式会社Nexal 代表取締役 上島 千鶴 氏
【インタビュアー】
株式会社パワー・インタラクティブ 取締役/執行役員 広富 克子
右側 上島 千鶴 氏(株式会社Nexal)
左側 広富克子(株式会社パワー・インタラクティブ)
『ザ・マーケティング・イシュー 10年後も必要とされる日本企業の課題と解決策』
中央大学名誉教授 田中洋氏編著/日経BP/2026年4月15日 発行
第10章:なぜBtoBマーケティングの成果が出ないのか ~事業戦略の解像度を上げるアクション~
(株式会社Nexal 代表取締役 上島 千鶴 氏 執筆)
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成果に繋がらないのは、事業戦略の解像度が低すぎるから
上島氏はまず、成果が出ない企業に共通する特徴を4つ挙げました。
「数値目標はあっても、その根拠や戦略がないんですよ。どうやって達成するのかと営業に聞くと、『勘と経験で積み上がる』と返ってきます。」
会場には、思い当たる節のある方が少なくなかったはずです。マーケティング部門が「事業に貢献しているのか?」と問われて答えに詰まるのは、施策の巧拙ではなく、その手前の事業戦略の解像度が低いから。
では、どうすればいいのか。上島氏は、「事業戦略」と「事業計画」を切り分けて解説します。事業戦略とは、誰に何をどう提供して差別化するかという「勝ち筋」のシナリオ。事業計画は、その勝ち筋を実現するために、いつ・誰が・どう動くかを落とし込んだ行動の設計図。多くの企業は、数値目標と大まかな数量計画はあっても、その間をつなぐ勝ち筋が抜けている。だから現場は「勘と経験」に頼らざるを得ない、というわけです。
そのうえで上島氏が強調したのが、事業戦略の解像度を上げること。実務で使うべき「4象限のマトリクス」が提示されました。
縦軸に「商材(戦略・成長商材/既存商材)」、横軸に「顧客または業界(既存/新規)」をとった、アンゾフの成長マトリクスをBtoB実務向けにカスタマイズしたものです。
多くの企業の営業担当者は、「既存顧客×既存商材」の領域、つまり今ある売上を守るための既存関係維持で手一杯になっています。特に今は、原材料などの高騰で商材への価格転嫁の説明に営業は追われています。新規開拓や新しい戦略商材の提案に行きたくても、「忙しくて時間がありません」と守りの営業に入ってしまいます。
「だからこそ、事業本部長クラスとマーケティング部門が徹底的に議論しなければいけない。今年の売上計画のうち、どのホワイトスペースをどの程度デジタル接点でカバーし、どこに営業リソースを再配置するのか。その優先順位の方針を引くことこそが“戦略”です。」上島氏も熱が入ります。
市場を単に「資本金」や「従業員数」でセグメンテーションする時代は終わりました。「サステナビリティにどれだけ投資しているか」「AIの実装にどれだけ前向きか」といった、企業の“姿勢”や“特性”にまで踏み込んで市場を細分化しなければ、メッセージは届きません。
訴求するべきは「機能的価値」から「意味的価値」へ
さらに重要なのが、訴求する「価値」の転換です。上島氏はこれを「機能的価値」から「意味的価値」への昇華と表現しました。
製品や商材自体の性能・用途・形状・仕様といった「機能的価値」は、競合と比較しても差はありません。たとえばSAPのパートナー企業は日本国内に多数存在しますが、どの企業から買ってもSAPの機能自体は同一です。それにもかかわらず、なぜ特定の1社が選ばれるのか。その理由となるのが、言語化された「意味的価値」です。
なぜ、他社ではなく我が社なのか、という独自の強み、情緒的なつながりや関係性、あるいは顧客のビジョンに伴走するという「意味的価値」が言語化できているかが、これからのコンテンツ制作の生死を分けます。
BtoBの購買意思決定プロセスには、平均して13人以上の関係者(社外のアドバイザー等を含む)が関わっていると言われます。取引金額が大きくなればなるほど、課長決済、部長決済、役員・経営陣決済と、承認ルートや顧客内の合意形成は厳格化します。現場の担当者が製品の「機能」比較で選択しても、承認ルートを上がっていく過程で、必ず「なぜこの会社なのか?」「他社じゃダメなのか?」という本質的な問いが上層部から飛んできます。そのときに、上層部を納得させるための「意味的価値」が言語化された資料やWebコンテンツが用意されていなければ、どんなに優秀な営業担当者が通いつめても、案件は合意形成の途中で静かに潰されてしまいます。
これからの営業の役割は、AI情報の「正しさ」を検証すること
話はAI時代の検索と購買へと進みます。検索結果の上位表示を競っていた時代から、いまはAIに引用されるかどうかへ移っています。上島氏は具体的な数字を示しました。6月1日時点で、日本国内AI Overviewの引用率はGoogle検索順位3位以内で46.6%、5位までで64.2%、10位以内なら86.1%と、AIの回答生成プロセスに組み込まれています。ユーザーは検索画面のAIの要約を見るだけで、その場で疑問が解決してしまいます。
BtoB企業のWebサイト分析データを見ると、認知獲得向けコラムや用語解説のトラフィックは軒並み50%〜60%も減少するという激変が起きています。一方で、導入事例のページや、製品ページへの流入はそれほど減っていません。問い合わせは逆に増えている製造業も存在します。
つまり、顧客は購買プロセスの初期段階(調べ物や初期の比較検討)において、企業の営業担当者を呼ぶこともなければ、企業のWebサイトにアクセスすることすらしない。AIを相手に「当社の課題は◯◯で、予算は◯◯万円。どのベンダーのシステムが最適か、メリット・デメリットを比較してリストを作ってくれ」と対話をして選定しているのです。
AIの学習データの中に自社の情報や「意味的価値」が含まれていなければ、企業はコンペの土俵に上がることすらできず、知らない所で機会を失い続けることになります。
上島氏はこう断言しました。「これからの営業の役割は、製品の説明要員ではありません。AIが提示した比較情報の『正しさ』を顧客と一緒に検証し、顧客の社内事情や感情的な障壁を紐解いてあげる『検証者であり、カウンセラー』になることです。」
企業の事例も紹介されました。過去の取引データや商談・折衝履歴、営業日報や顧客のオンライン行動履歴などをAIに学習させ、「そろそろこの顧客を訪問すべき」と営業をアシストし、すでに売上の1割をそこから生んでいるとのこと。かつて営業のエースだけが勘と経験の経験則でやっていたことを、AIが肩代わりし始めています。明日の自分の仕事に直結する話ばかりでした。
バズワードに振り回されず、できることを実直に
ABMやGTM、RevOpsといった新しい言葉は次々に生まれます。上島氏は「米国では抽象化した概念や新ワードを作るのが上手で、新しい概念に見えても、言っている根本は同じ。」と話し、バズワードに左右されないでほしいと繰り返しました。
ゼロから新規事業に挑むより、既存の顧客接点を足場にしたほうが短期で成長できる。背伸びをするより、いまの組織が持っている強みを起点にする、という発想です。
個人的に一番響いたのは、この一日を貫いていたメッセージでした。流行り言葉に振り回されず、いまの組織でやりたいこと、できることを実直にやる。遠回りに見えて、それが結局は一番早い。AIの話で頭がいっぱいになりかけたところに、すっと芯が通った気がしました。
講演後は、実務の急所を突く質問が続く
講演後のQ&Aは、予想をはるかに超えた盛り上がりでした。投稿された質問は、組織の運営体制や投資判断、評価設計といった、実務の急所を突くものばかり。質問が続々と寄せられ、時間内にはとても回答しきれないほどでした。上島氏が「これは後ほど個別に」とフォローする場面もありました。
Q&Aの内容を一部紹介します。
Q1.社内にマーケティング部門がありません。ABMを始めて売上を伸ばすには、どれくらいの期間を見通しておくべきですか?
A1.3年から5年はかかります。これはツールを導入する期間ではなく、社内の人間の意識とリソース配置の型を変える期間が必要だからです。
特に日本企業の場合、上層部の世代交代が進み、営業人材不足になる中で、これまでの人間関係だけで売ってきた営業スタイルの維持は不可能です。これからは、人間をどこの戦略アカウントに貼り付け、どこをデジタルやAIエージェントによる自動フォローに切り替えるかという、一種の棲み分けを組織設計に組み込まないといけない。その基盤作りに、最初の1〜2年は確実に費やすことになります。
Q2. 新規事業を開拓するうえで、いちばん大事なことは何ですか?
A2.まずはリサーチです。競合や、そもそも市場があるかを必ず調べる。ただし、既存事業とまったく関係のない新規事業は、ほぼ失敗します。よほど資金を集められる場合は別ですが、私はいまの顧客基盤やプラットフォーム を活かせる新規事業や新しい商材のほうが、成功しやすいと考えています。関係のない領域にゼロから挑むのは、相当な投資がないと難しい。既存の顧客接点をうまく使い、足場のある場所へ展開するのが、短期でいちばん早く成長できる道です。
上島氏の大手280を超える事業体に携わった経験から出てくる回答に、会場の集中が途切れませんでした。
懇親会では、自社が抱えるマーケティング課題の相談へ
第2部の懇親会では、Q&A対応で回答しきれなかった質問の続きはもちろん、グラス片手に、自社のマーケティング組織が抱えるリアルな課題を上島氏に相談する光景が、あちこちで見られました。
「うちの場合はどうすべきか?」といった、一歩踏み込んだ本音の対話があちこちから聞こえてきました。終了時間まで、話の輪は途切れませんでした。
事業戦略の解像度を上げる。言葉にすればシンプルですが、すぐに答えの出ないテーマです。第一線で実績・経験を積んでいる上島氏の話を直接聞き、その場で問いをぶつけ、ヒントを持ち帰る、同じ悩みを抱える人と語り合う、そんなオフラインの場の価値を改めて感じた一日でした。
講演が終わり、懇親会へ移る頃には台風は通り過ぎ、窓の外には晴れ間が覗いていました。足元の悪い中、足を運んでくださった皆さま、そして惜しみなく知見を共有してくださった上島氏に、心より御礼申し上げます。
パワー・インタラクティブは、マーケティング戦略の策定からデータ基盤の整備、RevOpsの仕組みづくり、データ分析とAI活用まで、事業戦略を起点にしたマーケティングの仕組みづくりとご担当者のスキルアップを支援しています。今回のような少人数の講演会や勉強会をこれからも企画してまいります。今回ご都合が合わなかった方も、次の会では、ぜひ会場でお会いできればうれしいです。
マーケティングコンサルタント
今西 涼
生成AIを活用したマーケティング業務の効率化・高度化支援
広告代理店でのアートディレクターを皮切りに、不動産営業、大手人材企業でのデータエンジニア・事業企画、ソフトウェア企業でのパートナーサクセスと、複数の業界・職種で成果を重ねる。
1,500名規模の営業組織にTableauを導入し、データドリブンな意思決定の定着を主導。ビジネス課題をデータとAIで解く実行力と、技術を経営成果に翻訳する力を武器に、マーケティングコンサルタントとして従事。
愛犬をカメラで追いかけるのが週末の楽しみで、お菓子作りも得意。
「リードビジネスゲーム®」は、株式会社Nexalが開発したBtoBマーケティング実践プログラムです。パワー・インタラクティブは公式トレーニングパートナーです。
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