製薬マーケティングROI可視化の4類型とは?
この記事の要点
本稿で扱う製薬マーケティングとは、主に医療従事者向けのマーケティング活動を指します。具体的には、メール、Web講演会、医療従事者向けサイト上のコンテンツ、eディテール、資料閲覧、MR活動などを対象とします。
製薬マーケティングのROI可視化は、接点統合型、行動変化測定型、事業成果直結型、投資配分最適化型の4類型で整理すると、実務に落とし込みやすくなります。
この4類型は単なる分類ではありません。自社が今どの段階にあり、次にどの測定設計を目指すべきかを考えるための成熟度モデルとしても活用できます。
前回の記事では、製薬マーケティングのROIが見えにくい理由を、施策と処方の距離そのものではなく、マーケティング接点、MR活動、処方・売上に関するデータが分断されていることにあると整理しました。
製薬業界でマーケティングの投資対効果を考えるとき、参考にしたくなるのが先行企業の取り組みです。
ただ、実務で本当に役立つのは、どの企業が取り組んでいるか以上に、何を、どの単位で、どのデータをつないで測っているかという測定設計の考え方です。
特に日本の医療従事者向けマーケティングでは、一般消費者向けの広告やソーシャル流入、患者データの直接活用を前提にするのではなく、まず医師ID・施設IDをキーに、マーケティング接点、MR活動、処方データ、売上データをどこまでつなげられるかが現実的な出発点になります。
実際、製薬マーケティングのROI可視化は、ひとつのやり方に集約しているわけではありません。医療従事者向け施策とMR活動を同じ顧客単位で見る方法もあれば、処方の手前にある顧客行動の変化を先行成果として捉える方法もあります。さらに、処方データや売上データまでつなげて見る考え方や、施策群ごとの投資配分を見直す発想もあります。
本稿では、公開情報から読み取れる先行事例を参考にしながら、日本の製薬企業における医療従事者向けマーケティングの実務を前提に、ROI可視化を4つの類型に整理します。
どの企業がやっているかを追うのではなく、自社がどの型に近く、次にどの設計を目指すべきかを考えるための視点としてまとめます。
接点統合型
医療従事者向け施策とMR活動を、同じ地図で見る
なお、この型に取りかかる前提として、配信許諾やMR担当者情報、医師・施設属性が正しく更新され続けている状態が必要です。ここが崩れていると、どれだけ接点をつないでも判断に使えるデータになりません。
最初の型は、医療従事者向けのデジタル施策とMR活動を統合して可視化する設計です。
これは、メール、Web講演会、医療従事者向けサイト上のコンテンツ閲覧、eディテール、資料閲覧などの非対面接点を、MR活動、医師属性、施設属性、ターゲット区分とあわせて見る考え方です。
この型で重要なのは、個々の施策の反応をばらばらに集計することではありません。
「どの医師・どの施設に、どの接点があり、その後MR活動や処方に近い行動変化とどう結びついたのか」を、医師ID・施設IDをキーに確認できる状態をつくることです。
この型で使う主なデータは、メール配信・反応データ、Web講演会参加データ、医療従事者向けサイトの閲覧データ、eディテールや資料閲覧データ、MR活動履歴、医師ID・施設ID、医師属性、施設属性、ターゲット区分などです。
サードパーティメディアのm3などへの有料掲載を行っている場合は、その接触データを補助的に加えることもあります。ただし、常に広告配信ログやソーシャル流入が存在するとは限らないため、まずは自社が実際に保有している医療従事者向け施策データとMR活動データをつなぐことが現実的です。
測定方法としては、まず誰に何の接点があったかを、医師単位・施設単位で束ねることが起点になります。そのうえで、MR接点の有無や頻度を重ねて、どの接点の組み合わせが、その後のMRフォローや処方に近い行動変化と結びついているかを見ます。
この型のポイントは、施策ごとのレポートで終わらせないことです。
大切なのは、「メールが開封されたか」「Web講演会に何人参加したか」だけではありません。
マーケティング部門とMR組織が別々の数値を見ている状態から一歩進み、同じ顧客を、同じ地図で見るための設計だと言えます。
行動変化測定型
処方の手前にある「変化」を成果として捉える
2つ目は、最終的な処方だけでなく、その手前にある顧客行動の変化を成果として測る設計です。
製薬マーケティングでは、処方データに時間差があったり、そもそも処方だけで施策の成果を語り切れなかったりします。そのため、処方の前段階にある顧客行動の変化を、先行成果として置く考え方が重要になります。
たとえば、深いコンテンツ閲覧(複数ページの回遊や滞在時間の長い閲覧)、Web講演会の完了視聴、複数回のメール反応、医療従事者向けサイト上での重点コンテンツ到達、MRフォロー対象の特定、MRフォロー実施率、重点医師・重点施設での関与度(接点の深さと反応の強さ)上昇などが該当します。
この型で使うデータは、医療従事者向け施策の接点データ、コンテンツ閲覧データ、メール反応データ、Web講演会参加データ、MR活動履歴、MRフォロー状況、医師ID・施設ID、顧客セグメント情報などです。
測定方法としては、最終成果の手前にある先行成果をあらかじめ定義することが出発点になります。
これらを先行成果として定義し、それが後の処方や採用状況の変化につながるかを段階的に見ていきます。
この型のよいところは、「処方がまだ動いていないから評価できない」という状態を避けられることです。
こうした変化を見れば、施策の妥当性をより早い段階で判断できます。
この型では、開封率や参加者数を成果そのものとして扱うのではなく、顧客行動の変化につながる途中指標として位置づけ直します。
つまり、見るべきなのは「施策を実行したか」だけではありません。
施策によって、医師や施設の関与度がどう変わり、MR活動や次の接点にどうつながったかを見ることが重要です。
事業成果直結型
医師・施設単位の接点と、処方・売上データをつなげて見る
3つ目は、マーケティング接点やMR活動の成果を、処方データや売上データとつなげて見る設計です。
この型で重要なのは、単なる接点反応ではなく、処方や売上に近い結果まで見に行くことです。ただし、医療従事者向けマーケティングの実務では、患者数の増減や新規患者の治療開始を、マーケティング活動のデータとして直接把握できるとは限りません。
そのため、現実的には、まず医師ID・施設IDをキーに、マーケティング接点データ、MR活動データ、処方データ、売上データをつなげることが中心になります。
この型で使う主なデータは、メール反応、Web講演会参加、医療従事者向けサイト閲覧、eディテール閲覧、MR活動履歴、MRフォロー状況、医師ID・施設ID、処方データ、売上データ、医師・施設属性などです。
測定方法としては、まず医師・施設単位で接点の履歴とMR活動を統合します。そのうえで、対象医師や対象施設における処方データや売上データの変化を確認します。
ここで注意すべきなのは、単純に「この施策が処方を増やした」と断定しないことです。
処方や売上には、製品特性、治療領域、市場環境、競合状況、MR活動、施設の採用状況など、さまざまな要因が関わります。そのため、マーケティング施策単体の因果を過度に強く主張するのではなく、接点の有無やMR活動の状況と、処方・売上の変化をあわせて見ながら、傾向や仮説を検証していく姿勢が重要です。
この型は、経営層や事業責任者への説明力が強い反面、必要なデータや設計の難易度も上がります。
マーケティング接点だけではなく、MR活動、処方データ、売上データとのつながりを見る必要があるため、医師ID・施設IDを軸にしたデータ整備が前提になります。
ただし、重点ブランドや新製品など、投資判断の重みが大きい領域では、この型の考え方が非常に有効です。
活動量や反応だけではなく、「重点医師・重点施設に対する接点が、MR活動や処方・売上の変化とどのように関係しているのか」を見られるようになるためです。
投資配分最適化型
個別施策ではなく、施策群全体の投資効率を見る
4つ目は、個別施策の良し悪しではなく、全体の投資配分を最適化する設計です。
ここで見ているのは、「どのメールが効いたか」「どのWeb講演会がよかったか」だけではありません。
どのチャネルや施策群に継続投資すべきか、どこを改善すべきか、どの施策を縮小・統合すべきかという全体最適です。
医療従事者向けマーケティングでは、主な施策として、メール、Web講演会、医療従事者向けサイト上のコンテンツ、eディテール、資料提供、外部メディア掲載、MRフォローなどがあります。
この型で使うデータは、チャネル別費用、施策別成果データ、MR活動データ、処方データ、売上データ、医師ID・施設ID、顧客セグメント情報などです。外部メディアへの出稿がある場合は、その掲載費も含めて見ます。
つまり、この型では成果データだけでなく費用データが必須になります。ただし、代理店費や制作費、社内工数が施策単位に割り振られていない企業も少なくありません。その場合は、全施策を一度に整理しようとするのではなく、主要なチャネルだけ費用を切り出して比較するところから始めるのが現実的です。
測定方法としては、まず施策ごとの費用と成果を並べるところから始まります。そのうえで、チャネル別の効率差、医師・施設セグメント別の反応差、MRフォローへの接続率、処方・売上との関係、再配分した場合の改善余地を見ます。
たとえば、あるWeb講演会は参加者数が多くても、一人あたりの費用が高く、重点医師の参加率やMRフォローへの接続が低いかもしれません。一方で、費用の小さい継続メールが、重点施設の医師との接点を安定して生んでいることもあります。
投資配分最適化型では、このような施策ごとの見え方を、費用と成果の両面から比較します。
この型は、施策単位の評価から、予算単位の判断へ視点を上げる設計だと言えます。
施策数が多く、メール、Web講演会、外部メディア掲載、MRフォローなどが分散しやすい企業ほど、この考え方の重要性は高くなります。
4つの型をどう捉えるべきか
この4類型は、単なる並列ではなく、成熟度の違いとしても見ることができます。
実際の支援現場でも、データの整理・連携から可視化、活用へと段階を切って進めるケースが多く、この4類型はその順序とおおむね重なります。
まずは接点統合型で、マーケティング部門とMR組織が、同じ医師・同じ施設を同じデータで見られる状態をつくります。
次に、行動変化測定型で、処方の手前にある先行成果を定義します。
そこから、事業成果直結型で、マーケティング接点、MR活動、処方データ、売上データをつなげます。
最後に、投資配分最適化型で、施策群全体の費用対効果や予算配分を見直します。
重要なのは、自社が今どの型にいるのかを見極めることです。
そして、次の型に進むときに全てのデータを整えようとしないことも大切です。データ全体を棚卸ししようとすると、それ自体が大きなプロジェクトになり、本来やりたかった測定の話が進まなくなります。まず見たい成果を決め、そこから逆算して必要なデータだけに絞るほうが、型は上がりやすくなります。
接点統合もできていない段階で、いきなり処方や売上への貢献だけを問おうとすると、設計に無理が生じます。
逆に、先行成果の定義やMRフォローへの接続ができているのに、いつまでも開封率や参加者数だけを見ていると、事業貢献の説明が弱いままになります。
製薬マーケティングのROI可視化は、「正しい答えが1つある」のではありません。
何をどこまでつなげて測るかの設計を、自社のデータ環境やMR活動との連携状況に応じて、段階的に高度化していく営みだと捉えるのが現実的です。
まとめ
製薬マーケティングのROI可視化は、公開されている先行事例を見ると単なる施策レポートやキャンペーン評価ではありません。
見ようとしているのは、医療従事者向けの接点がどうつながるか、医師や施設の行動がどう変わるか、MR活動にどう接続されるか、処方・売上データとどう関係しているか、そして施策群全体の投資配分をどう最適化するかという、より広い設計の話です。
その出発点は、すでに存在する医師ID・施設IDをキーに、メール、Web講演会、医療従事者向けサイト、eディテール、MR活動、処方データ、売上データをどこまでつなげられるかを確認することです。
まずは、すでに存在する医師ID・施設IDをキーに、メール、Web講演会、医療従事者向けサイト、eディテール、MR活動、処方データ、売上データをどこまでつなげられるかを確認することです。
企業名や先行事例を追うだけでは、この本質は見えません。
むしろ大切なのは、自社の医療従事者向けマーケティングにおいて、どの測定設計が必要なのかを見極めることです。
接点統合、行動変化、事業成果、投資配分という4類型は、自社の現在地を把握し、次に整備すべきデータ・KPI・ダッシュボード設計を考えるための実践的なフレームです。
付録 — 自社データ環境の確認チェックリスト
ROI可視化の設計前に、自社のデータ接続可能性を5つの問いで確認する
製薬マーケティングのROI可視化では、いきなり処方や売上への貢献を問うのではなく、まず自社がどのデータを、どの単位で、どこまでつなげられるかを確認することが重要です。
以下の5つの問いを使って、自社のデータ環境を確認してみてください。
| 確認項目 | 問い |
|---|---|
| 共通ID | 医師ID・施設IDは、マーケティング施策とMR活動の両方で共通して使えるか |
| 接点データ | メール、Web講演会、医療従事者向けサイト、eディテール、学会接点などの履歴を、医師単位・施設単位で見られるか |
| MR連携 | MR活動履歴やMRフォロー状況と、マーケティング接点をつなげられるか |
| 処方・売上 | 処方データや売上データは、どの単位・どのタイミングで参照できるか |
| 費用データ | 施策別費用と成果を並べて、次の投資判断に使えるか |
この5項目がすべて整っていなくても、ROI可視化を始めることはできます。重要なのは、どこまで見えていて、どこが分断されているのかを把握することです。
たとえば、共通IDや接点データが十分に整っていない場合は、まず医師・施設単位でマーケティング接点とMR活動をつなぐことが出発点になります。
MR連携が弱い場合は、MRフォロー対象の定義や、フォロー実施状況の記録を整える必要があります。
処方・売上データとの接続が難しい場合でも、まずは反応指標や先行成果指標を設計し、処方の手前にある行動変化を確認することができます。
費用データが整理されていない場合は、施策別の成果比較だけでなく、次の投資配分判断に使える状態を目指すことが重要です。
ROI可視化は、すべてのデータが完全につながってから始めるものではありません。
自社のデータ環境を確認し、つなげられる範囲から段階的に設計していくことが、成果に近いマーケティング活動への第一歩になります。
ROI可視化に向けた第一歩
製薬マーケティングのROI可視化は、すべてのデータが完全につながってから始めるものではありません。まずは、医師ID・施設IDをキーに、医療従事者向け施策、MR活動、処方・売上データをどこまでつなげられるかを確認することが出発点になります。
パワー・インタラクティブでは、MA/CRM活用、KPI設計、ダッシュボード設計、MR活動との連携設計を通じて、製薬マーケティングのROI可視化をご支援しています。
自社のデータ環境やKPI設計を見直したい方は、お気軽にご相談ください。
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マーケティングコンサルタント
山下 智
マーケティング戦略策定
Webコーダー/Webデザイナーからキャリアをスタート。その後、Webディレクターとして数多くの企業サイトの企画~設計~制作を手掛ける。
2014年に自社へのMarketo導入の推進をきっかけに、マーケティングオートメーションを専門とするコンサルタントへキャリアチェンジ。
現在は、事業会社のマーケティングDXの支援や、データマネジメントの仕組みや組織体制づくり、人材育成まで、データを活用したマーケティングの幅広い伴走コンサルティングを得意とする。特に、製薬および医療機器メーカーの支援に強みを持つ。
無類のクラフトビール好き。 No Beer! No Life!
参考にした公開情報
・McKinsey & Company「Demystifying the omnichannel commercial model for pharma companies in Asia」
・Axtria「Measuring Pharma Omnichannel Effectiveness: A Role-Driven Approach」
・IQVIA「Uncovering Channel ROI: Proving What Works in HCP Engagement」
McKinsey & Company:グローバル戦略コンサルティングファーム。
Axtria:ライフサイエンス向け分析・商用支援企業。
IQVIA:医療・製薬分野に特化したデータ/分析企業。


