コラム

製薬マーケティングのROIは、なぜ見えにくいのか

株式会社パワー・インタラクティブ 山下 智

「処方につながったか」を可視化するための設計論点

この記事の要点

製薬マーケティングのROIが見えにくい本質は、施策と処方の間で、マーケティング接点、MR活動、処方・売上に関するデータが分断されていることです。

そのため、ROI可視化では、いきなり患者データやリアルワールドデータを活用することを前提にするのではなく、まず医師ID・施設IDをキーに、マーケティング接点とMR活動を同じ顧客単位でひもづけることが重要です。

そのうえで、反応を見る指標、先行成果を見る指標、事業成果を見る指標の三層でKPIを整理し、施策がどの段階の成果に近づいているのかを段階的に確認していく必要があります。

製薬業界でも経営層や営業部門からマーケティングの投資対効果を考えるとき、必ず問われるのが「この施策は、どれだけ処方につながったのか」という問いです。

ところが、この問いに正面から答えようとすると、多くの企業が立ち止まります。

メールの開封率やクリック率、Web講演会の参加者数、メディカルサイトの閲覧数は見えている。けれども、それが実際に医療従事者の関心変化やMR活動、さらには処方や売上にどう結びついたのかまでは、はっきり見えない。そんな悩みを抱えるケースは少なくありません。

この問題は、単に分析が足りないから起きているわけではありません。

本当の難しさは、マーケティング施策の先にある医療従事者との接点、MR活動、施設単位・医師単位での反応、処方・売上に関するデータが、ひと続きで見える形になっていないことにあります。

つまり、「施策の結果が見えない」のではなく、「施策から成果までの流れが分断されている」ことが、製薬マーケティング特有の壁になっているのです。

実際、製薬企業のマーケティング効果は、メール配信やWeb講演会などのデジタル施策だけで決まるものではありません。医療従事者との複数の接点、MRによるフォロー、重点医師・重点施設での関与度の変化、営業活動への連携、さらに処方や売上への影響まで含めて見なければ、投資対効果の全体像はつかめません。

だからこそ、製薬マーケティングにおけるROI可視化は、単なるレポートの問題ではなく、何を成果とみなすか、どのデータをどの単位でつなぐか、どの時間軸で評価するかという「設計の問題」として捉える必要があります。

本稿では、製薬マーケティングのROIが見えにくくなる理由を整理したうえで、
 なぜ「処方」だけでは成果を測りきれないのか
 医師ID・施設IDをキーに、どのように接点と成果をつなぐべきか
  MRを含む複数接点の時代に、どのような測定設計が現実的なのか
 KPIを活動量中心から成果中心へどう見直すべきか

という論点から、製薬マーケティングROI可視化の設計ポイントを考えていきます。

「処方につながったか」が見えにくいのは、施策の記録がないからではない

製薬企業は、メール配信、Web講演会、ブランドサイト、広告接触など、施策の記録そのものはかなり持っています。それでもROIが見えにくいのは、施策データが不足しているからではありません。

問題は、マーケティング接点、MR活動、医師・施設単位での反応、処方・売上に関する情報が別々に存在し、その間が分断されていることにあります。

たとえば、ある医師がメールをクリックし、Web講演会に参加し、その後MRがフォローしたとしても、それらが同じ医師IDでつながっていなければ、一連の流れとして見ることはできません。あるいは、施設単位で関与度が高まっていても、マーケティング施策と営業活動が別々の管理になっていれば、どの接点が営業活動や成果に近い変化を生んだのかを判断しにくくなります。

ROI可視化で重要なのは、施策ごとの反応を個別に集計することではありません。

「誰に、どの接点があり、その後どのような行動変化やMR連携が生まれ、最終的にどのような成果に近づいたのか」を、医師単位・施設単位で追えるようにすることです。

そのためには、マーケティング施策のデータとMR活動のデータを、医師ID・施設IDをキーにひもづける設計が必要になります。

ROIの基準は「処方」だけでは設計できない

製薬マーケティングのROI設計で最初に見直すべきなのは、何を成果とみなすかです。

ある製品では新規処方件数が重要かもしれませんが、別の製品では継続使用率や治療離脱の抑制、適正使用の促進、重点施設での採用状況の変化のほうが重要かもしれません。

つまり、処方は重要な指標ではあるものの、それだけを最終成果に置くと、施策の本当の意味を取りこぼしやすくなります。

たとえば、Web講演会の参加者数が多かったとしても、それだけでは事業成果につながったとは言い切れません。一方で、参加者数は多くなくても、重点医師の参加率が高く、その後MRフォローが進み、重点施設での関与度が高まっていれば、施策としては大きな意味を持つ可能性があります。

そのため実務では、成果指標をひとつの指標だけで置くのではなく、反応を見る指標、先行成果を見る指標、事業成果を見る指標の三層で考えるほうが現実的です。

医師ID・施設IDをキーに、三層KPIをつなぐ

前章で挙げた反応・先行成果・事業成果の三層を、ここでは三層KPIと呼びます。

三層KPIの考え方では、まずメールの開封・クリック、Web講演会の参加、メディカルサイトの閲覧、重点コンテンツへの到達などを「反応を見る指標」として捉えます。これは、施策に対して直接的な反応があったかを見る指標です。

次に、MRフォロー対象の特定、MRフォローアプローチ実施率、重点医師・重点施設での関与度上昇、営業活動への連携などを「先行成果を見る指標」として整理します。これは、施策が単なる反応で終わらず、営業活動や顧客行動の変化につながったかを見る指標です。

そして、可能な範囲で新規処方、処方継続、売上、重点施設での採用状況などを「事業成果を見る指標」として確認していきます。これは、マーケティング施策や営業活動が、最終的な事業成果にどう近づいたかを見る指標です。

ここで重要になるのが、患者データをすぐにマーケティング活動へ取り込むことではありません。

多くの製薬企業では、医師や施設にはIDが付与されており、少なくとも医療従事者単位・施設単位で接点を管理する土台は存在します。このIDをキーに、メール配信、Web講演会参加、メディカルサイト閲覧、MR活動履歴、営業フォロー状況などを統合できれば、「誰に、どの接点があり、その後どのような行動変化やMR連携が生まれたのか」を追いやすくなります。

つまり、ROI可視化の第一歩は、患者データやリアルワールドデータをいきなり活用することではありません。まずは、医師ID・施設IDを軸に、反応指標、先行成果指標、事業成果指標を段階的につなぎ、マーケティング施策と営業活動を同じ顧客単位で見られる状態をつくることです。

この設計ができてはじめて、開封率や参加者数といった活動量中心の指標を、MR連携、重点施設での浸透、処方や売上への貢献とどうつながっているかを、説明できるようになります。

リアルワールドデータや患者データは、段階的に接続していく領域として捉える

リアルワールドデータやレセプトデータは、治療実態や処方傾向を把握するうえで重要なデータです。電子カルテやレセプトなど、日常診療の中で蓄積される医療データをもとに、薬の使われ方や患者さんの治療実態を把握し、戦略判断に役立てる考え方は、製薬業界において重要性を増しています。

ただし、マーケティング活動の現場で、患者データを日常的に取得・活用しているとは限りません。特に、マーケティング施策の評価においては、患者データを直接扱うことが実務上難しいケースも少なくありません。

また、日本で利用できるリアルワールドデータやレセプトデータには、データの種類ごとに強みと限界があります。医療機関ベースのデータ、保険者ベースのデータ、調剤ベースのデータでは、追跡しやすい対象や分析に向いているテーマが異なります。さらに、データの反映には時間差があるため、短いサイクルで施策を改善したいマーケティング現場では、すぐに使える成果指標とは限りません。

そのため、ROI可視化の実務では、まず医師ID・施設IDをキーに、マーケティング接点とMR活動、顧客反応をひもづけることが現実的な出発点になります。

そのうえで、処方データや売上データ、必要に応じた外部データをどの範囲で接続できるかを検討します。さらに将来的に、リアルワールドデータやレセプトデータをどのように活用できるかを考えていく。こうした段階的な設計が重要です。

MRを含む複数接点の時代には、単純な「どの施策が効いたか」という問い方が通用しにくい

製薬マーケティングのROI可視化が難しい大きな理由のひとつは、接点が複雑に重なっていることです。

現在の製薬企業では、MR訪問、講演会、メール、メディカルサイト、サードパーティメディア、オンライン面談など、さまざまな接点が並行して動いています。このような環境では、「最後に接触した施策が成果を生んだ」といった単純な見方は現実に合いません。

たとえば、ある医師がメールをクリックした後にWeb講演会へ参加し、その後MRとの面談を経て処方意向が高まった場合、どの接点だけが成果を生んだと断定することはできません。むしろ、複数の接点が積み重なり、その医師の関心や理解が段階的に高まったと見るほうが自然です。

重要なのは、個々の施策を単発で採点することではなく、接点の積み重ねの中で、どの活動がどのような変化を生んだのかを段階的に見ることです。

そのためにも、医師ID・施設IDを軸に、マーケティング接点とMR活動を同じ顧客単位でひもづけ、反応、先行成果、事業成果をつなげて見る基盤が必要になります。

KPIを「活動量」から「成果」に近づける必要がある

最後に見直したいのは、製品ごとの成果に責任を持つマーケティングチームが何をKPIにおいているかです。

いまの製薬マーケティングでは、配信数、開封率、クリック率、参加者数といった指標が多く使われています。もちろん、これらは日々の運用には必要です。ただし、これだけでは「処方に近づいたのか」「営業活動につながったのか」はわかりません。

大切なのは、開封率やクリック率をなくすことではありません。それらを「実行管理の指標」に位置づけ直すことです。

施策を配信・運用する担当者は、配信数、到達率、開封率、クリック率、参加者数などを見る必要があります。これらは、施策が正しく実行され、対象者に届いたかを確認するための重要な指標です。

一方で、製品戦略やマーケティング成果に責任を持つ側は、それだけでは不十分です。重点医師の関与度が上がったのか、MRフォローにつながったのか、重点施設での浸透が進んだのか、最終的に処方や売上に近い変化があったのかを見る必要があります。

そのため、実務上は、時間軸と意思決定の階層に応じて指標を分けるのが現実的です。

週次では、配信数、開封率、クリック率、参加者数などの実行状況を見る。
月次では、重点医師の反応、MRフォロー対象、営業接続、重点施設での関与度変化を見る。
四半期では、処方、売上、重点施設での採用状況、予算配分の見直しにつながる成果を見る。

このように、KPIを三層で整理することで、日々の施策運用と中長期の成果評価を切り分けながら、マーケティング活動を成果に近づけることができます。

まとめ

製薬マーケティングのROIが見えにくいのは、施策が処方から遠いからではありません。

本当の理由は、マーケティング施策、医療従事者との接点、MR活動、処方・売上に関するデータが、ひと続きで見える形になっていないことにあります。

だからこそ必要なのは、ダッシュボードを増やすことではなく、使えるデータの限界を踏まえたうえで、何を成果とみなすかを再定義し、どのデータをどの単位でつなぐかを設計することです。

実務上の出発点は、医師ID・施設IDをキーに、マーケティング接点とMR活動を同じ顧客単位で見られる状態をつくることです。

そのうえで、反応を見る指標、先行成果を見る指標、事業成果を見る指標の三層でKPIを整理し、施策がどの段階の成果に近づいているのかを段階的に確認していくことが重要です。

製薬マーケティングのROI可視化は、患者データや処方データを一足飛びにつなぐことではありません。まずは、すでに存在する医師ID・施設IDを起点に、マーケティングと営業が同じ顧客を見られる状態をつくること。その積み重ねが、活動量中心のKPIから、成果に近いKPIへの転換につながります。

ROI可視化は、分析の問題であると同時に、設計の問題でもあります。
そしてこの設計は、マーケティング部門だけでは完結しません。情報システム部門と営業部門を、早い段階で同じ絵に乗せられるかどうかが、実際の進み方を決めます。

自社がまず何をつなぎ、どの段階の成果を見ようとしているのか。そこを整理することが、製薬マーケティングを成果に近づける第一歩になります。

付録 — 自社データ環境の確認チェックリスト

ROI可視化の設計前に、自社のデータ接続可能性を5つの問いで確認する

製薬マーケティングのROI可視化では、いきなり処方や売上への貢献を問うのではなく、まず自社がどのデータを、どの単位で、どこまでつなげられるかを確認することが重要です。

以下の5つの問いを使って、自社のデータ環境を確認してみてください。

確認項目 問い
共通ID 医師ID・施設IDは、マーケティング施策とMR活動の両方で共通して使えるか
接点データ メール、Web講演会、医療従事者向けサイト、eディテール、学会接点などの履歴を、医師単位・施設単位で見られるか
MR連携 MR活動履歴やMRフォロー状況と、マーケティング接点をつなげられるか
処方・売上 処方データや売上データは、どの単位・どのタイミングで参照できるか
費用データ 施策別費用と成果を並べて、次の投資判断に使えるか

この5項目がすべて整っていなくても、ROI可視化を始めることはできます。重要なのは、どこまで見えていて、どこが分断されているのかを把握することです。

たとえば、共通IDや接点データが十分に整っていない場合は、まず医師・施設単位でマーケティング接点とMR活動をつなぐことが出発点になります。

MR連携が弱い場合は、MRフォロー対象の定義や、フォロー実施状況の記録を整える必要があります。

処方・売上データとの接続が難しい場合でも、まずは反応指標や先行成果指標を設計し、処方の手前にある行動変化を確認することができます。

費用データが整理されていない場合は、施策別の成果比較だけでなく、次の投資配分判断に使える状態を目指すことが重要です。

ROI可視化は、すべてのデータが完全につながってから始めるものではありません。

自社のデータ環境を確認し、つなげられる範囲から段階的に設計していくことが、成果に近いマーケティング活動への第一歩になります。

ROI可視化に向けた第一歩

製薬マーケティングのROI可視化は、すべてのデータが完全につながってから始めるものではありません。まずは、医師ID・施設IDをキーに、医療従事者向け施策、MR活動、処方・売上データをどこまでつなげられるかを確認することが出発点になります。

パワー・インタラクティブでは、MA/CRM活用、KPI設計、ダッシュボード設計、MR活動との連携設計を通じて、製薬マーケティングのROI可視化をご支援しています。

自社のデータ環境やKPI設計を見直したい方は、お気軽にご相談ください。

以下のコラムもぜひご覧ください。
製薬マーケティングROI可視化の4類型とは?

製薬マーケティングの未来を拓くマーケティングオートメーション:収益最大化とデジタル変革への道筋

処方増への道:製薬マーケティングオートメーションのROIを「見える化」し、効果を最大化する秘訣

「MA連携の壁」を越える!マーケティングデータで始める製薬収益管理の第一歩

製薬マーケティングのROI可視化:Adobe Marketo Engageのアクティビティログの活用で実現する

山下 智

マーケティングコンサルタント

山下 智

マーケティング戦略策定

Webコーダー/Webデザイナーからキャリアをスタート。その後、Webディレクターとして数多くの企業サイトの企画~設計~制作を手掛ける。
2014年に自社へのMarketo導入の推進をきっかけに、マーケティングオートメーションを専門とするコンサルタントへキャリアチェンジ。
現在は、事業会社のマーケティングDXの支援や、データマネジメントの仕組みや組織体制づくり、人材育成まで、データを活用したマーケティングの幅広い伴走コンサルティングを得意とする。特に、製薬および医療機器メーカーの支援に強みを持つ。
無類のクラフトビール好き。 No Beer! No Life!

参考にした公開情報

・McKinsey & Company「Demystifying the omnichannel commercial model for pharma companies in Asia」
・IQVIA「Uncovering Channel ROI: Proving What Works in HCP Engagement」
・Axtria「Measuring Pharma Omnichannel Effectiveness: A Role-Driven Approach」
・FDA「Real-World Evidence」
・McKinsey & Company「Advancing real-world evidence for pharmaceutical companies in Japan」
・IQVIA Japan「Claims Data」

引用元には、グローバル戦略コンサルティングファーム、医療・製薬業界向けデータ企業、規制当局、業界専門メディアなどが含まれます。

McKinsey & Company:グローバル戦略コンサルティングファーム。
IQVIA:医療・製薬分野に特化したデータ/分析企業。
Axtria:ライフサイエンス向け分析・商用支援企業。
FDA:米国の規制当局。

TOP